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※お菓子の日SS フウセンウオ
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日々の営みとは、大切なものである。
月日なんて、放っておいたらどんどん無慈悲に進んでいく。
だからこそ、行事は全力で祭らねばならない。
日本男児たるもの、大事にするべきである。
故に、自分のデスクで恋人の手製弁当を広げた楠田はいつも買っている紙パックの牛乳についたストローから口を離し、ぽつんと呟いた。
「…い。」
「えっ、どうかした??」
隣席の先輩社員に訊ねられ、楠田は椅子から立ち上がって吠えた。
「パッキーを…持ってないんです!!」
パッキー&パリッツの日を忘れていた。対面している女子がデザートと言って交換しているのを見て、ようやく気がついた。
楠田は慌てて会社付近のコンビニに向かおうとしたが、昼休憩はあと五分しか残っていない。断念せざるをえない。
しかし、楠田はまだ事態を甘く見ていた。帰りに買えばいいじゃん、と心持ち明るく考えていた。
仕事には末恐ろしい魔物が潜んでいる。
例えるなら…そう。デスクに山積みのファイルを指定された場所に持って行ってと頼まれる。よいしょ、と持ち上げる。指定の場所に持っていく。すると、確認した人に『あれ??物凄く重要で機密性の高い書類が一枚、どっかに行っているよ??』とさらっと爆弾発言を投下される。血眼になって探す。手間取るも、見つけた。届ける。『…あれ、この書類見ると前に渡された君の作成書、おかしいんだけど』。急いで手直し。『あ、あとこれとこれとここ修正しといて』。報告→修正→ニアミス発見。…という場面が繰り返される。さながら、無限である。帰宅時間がどんどん遅くなる。腹が減る。集中力が落ちる。ミスが増える。あああああああああ…(半壊)
…とまあ、こんな具合で、楠田は終電に乗ってとぼとぼと家に辿り着く。もはや、『帰宅』なんて安定感のある表現では足りない。言わば、『生還』である。
そして、明るい照明の元、勇者は悟るのであった。…あれ??俺、パッキーを帰りに買うつもりだったんじゃないのか。あの考え、どこ行った??
社会人一年目。着られているスーツをよれよれにして、窶れた顔で帰ってきた恋人を黒いハイネックシャツの上に灰色のパーカーを羽織って、下は薄ベージュのジーンズというラフな格好の榎野が迎えてくれる。
「お帰りなさい。」
楠田は玄関の壁に寄りかかって、口を噤んで同居人を観察する。…榎野は世にいうイケメンというやつである。彼と同棲を決意した際、楠田は考えた。一緒に暮らしたら、もしかしたらイケメンの榎野も薄汚く見える瞬間があるのではなかろうか。未だ、童貞の楠田は想定した。例えば、レポートで一徹した後の顔とか。不細工…といっては何だが美貌が歪む瞬間を四六時中一緒にいたら目撃しちゃうんじゃなかろうか。嬉し恐ろし見たさ半分。
結論:…ねェよ。
非常に憤怒せざるをえない出来事であるが、王子様は二十四時間営業の王子様だった。イケメンはいつ見ても崩れなかった。変顔をしようが目に濃厚なクマを張ろうが、甘いマスクは無残にならない。楠田、けっこう悔しかった。
いや、流石に変顔をしたら笑いを誘うが…何というか。周囲のキラキラが消えないのだ。アイドルやモデルが顔以外を変装して一般人に紛れ込んでも、何というか雰囲気で察知されてしまうのと同じ。
今日も、同居人兼恋人はキラキラを宙に振りまきながらこっちにやってくる。イケメンは歩き方から違う。スケーターみたいにスーッとやって来る。お前は、妖精かっつの。その内、背中からトンボみたいに薄い羽根が生えてこないか心配になる。
「荷物、こっちに下さい。…俺の顔、何かついていますか??」
き、キラキラがついている…。内心呟いて、楠田は姿勢を正す。玄関に上がって、両腕を大きく広げ、恋人に抱きつく。思いっきり、彼にひっつく。
「榎ェ~野ォ~…っ!!」
頬ずりしてくる年上の恋人に、榎野はやや面食らって…小柄な相手の頭にぽんと手を置く。
「疲れたぁ~っ!!」
大声で甘えてくるはた迷惑な年上に、榎野は鷹揚に頷く。
「…お疲れ様。一日、よく頑張ったね。」
「ふぇ~…。」
長い息をつきながらパッキーが食べられなかったんだ、と楠田は台詞を付け加えた。
「…玄関じゃ、何だからこっちにおいで。」
普段はシャイだけど求めると優しくしてくれる王子様は、年上の男をダイニングまで導いていく。
榎野はソファーに腰掛けると、疲労困憊の社会人一年生に己の両膝をパンパンと叩いて示す。
「え…。」
「あなたは、こっち。」
年下の王子に手を引かれるまま、楠田は彼の膝上に対面するように座らされる。年上の男が心細そうに目をキョロキョロさせていると、榎野は彼の口に何かを押し込んだ。
「んぐ…??」
楠田が口に咥えたのは、半日近く探し求めていたパッキーだった。楠田が目を輝かせていると、相手が反対側からポキポキと齧り出す。五センチ、三センチ、一センチ…と互いの距離が縮まっていき…。
「…なんてね。」
バキッという音と共に、榎野が年上の恋人の目前でパッキーを掠め取っていく。一瞬、呆気にとられた楠田はボッと赤面した。
「もォ~っ!!」
この野郎ッ、と榎野の頬をびよんびよん引っ張る。…が、やっぱり王子様のキラキラは消えない。歯痒くなって、楠田はソファーに倒れこむ。横倒しになった年上の男に、榎野が声をかけてくる。
「…あの、楠田さん??スーツ、皺になっちゃいますよ??」
対するやさぐれ年上は、榎野に背を向けてぽつりと知らねぇ、とぶっきらぼうに答える。
「あなたは…。」
榎野は呆れたように囁くが、言葉とは裏腹に声音は温かさに満ちていた。
「…お腹、空いたでしょう。今、晩ご飯温めますからね。」
恋人は言いおいて、楠田の身体に自分が着ていたパーカーを被せる。疲れているのなら、寝てもいいですよ。さりげない気遣い。楠田は頬をぷくうと膨らませる。時々だが、後輩は自分よりはるかに大人に見える時がある。
不意打ちだった。
拗ねている年上の男の、剥き出しになっている耳に王子がそっと囁く。
「…晩ご飯を食べたら、パッキーゲームよりもっとスゴいこと、しましょうね??」
「…ひゃ!?」
慌てて吐息に嬲られた耳を両手で覆い隠す楠田に、生意気な年下王子は目もくれず、すたすたとキッチンに進んでいく。
楠田はパーカーの下で密かに自分の鼓動を確かめる。バクバクバク、皮膚を突き破って心臓が飛び出ちゃうんじゃないかってくらい、激しく鳴っている。
「…この、バカ後輩。」
動揺させられたのが癪で、楠田はパーカーに顔を深く埋めていく。
しかし、パーカーで鼻を覆うと布地についた榎野の匂いが鼻腔を擽る。年上の男は、勘づかれないように心がけながらソファーで密かに足をバタつかせて身悶える。
「ち…ちょっとだけ、だからな。」
肯定の返事は、食事を温めている後輩には聞こえず、レンジの稼動音にあっけなくかき消されてしまうのだった…。
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