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海蛍 6
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微睡から覚めながら視界に入ってきた景色には既視感があった。
ふと、こんなに柔らかな布団で寝たのは二度目だと思った。
確か最初は助けてくれた日向大佐のベッドで……日向のことを思うだけで身体が火照り意味もなく深呼吸をする。全身が、特に肋骨辺りが呼吸と同時に軋む様に痛み、薫は思わず唸り声をあげた。
情けない自分の声を耳にした瞬間、この身に起きた悪夢が蘇った。姉のための花を踏みにじられ、罵倒され、殴られ蹴られて、そして……
最も思いだしたくなかったこと。それは、自分を包むこの香りが日向のものであり、ここが日向のベッド上であることまで薫の思考は追いついた。もう、こんな風にあの人のベッドに横たわることなどあり得なかった。あり得ないから心のどこかで願った。
『あの人に触れることまで望んだりはしません。せめて、あのベッドにもう一度だけ横たわりたい。あの人の香りに包まれることが許されるなら、自分はもうどうなってもいいんです……』
叶わぬ恋に涙する少女のようだと思いつつ、自嘲すら出来ない自分がいた。今まで何一つ願いが叶うことがなかったというのに、寄りによって今、このタイミングで自分が日向のベッドにいるのかを考えると薫は自分がこの世に生まれて来たことすらをも呪った。何が起きても日向がいてくれたから頑張れたし乗り越えられた。
けれども自分の身に起きた惨状を見て知ってしまった日向に、自分はもう合わせる顔はない。嗚咽が漏れそうになり呼吸を堪えた時だった。喉の奥に溜まっていた血の塊が咳込むと同時に口から勢いよく飛び出した。自分を覆う毛布もベッドも一瞬で鮮血に塗れた。
「大丈夫か!?」
窓を背にして神々しい程の光の中、日向が慌てて駆け寄る。薫の顔を横に向けさせ、背を擦りながらタオルで血に塗れた薫の顔を静かに拭く。
「怪我が酷い。暫く休めるように手配をしてある。何も気にせず身体を治すことだけを考えればいい」
日向と目を合わせることが怖くて、薫は目を固く瞑ったまま唇を噛みしめる。
「……連中を許せとは言わない。だが、安心して欲しい。俺が責任を持って二度と連中にあんなマネはさせないと誓う」
いつも物怖じせず颯爽としている日向の声が震えていることに気付き、薫は静かに瞳を開き時間をかけてやっと日向を視界に捉えた。そこには怪我をした自分以上に、この世のすべての苦しみや悲しみを背負ったかのような表情をした日向が自分を見つめていた。
重なった視線があまりに辛すぎて、思わず薫は目を逸らせた。
逸らせた先には整えられた机があり、その上に置かれていたのはあの万年筆。見知らぬ誰かから敏子を通じて託され、自分を犯す道具ともなった万年筆が綺麗に磨かれ置かれていた。見知らぬ誰かと思っていたことの方がまだ幸せだった。その本来の持ち主が日向だったことが薫を更に絶望へと追いやる。視界に入るすべてが揺らいで見える。その揺らぎの中のあるものに薫の焦点は定まる。
自分に残された最後の気力と力を振り絞ると、薫は勢いをつけ毛布を跳ね除けると同時に自分が寝ていたベッドの横に立っていた日向に飛び掛かった。薫の不意打ちに日向は薫に押し倒されるように背中から床に倒れた。
震えながら日向の腰を弄り、薫が手にしたのは日向が身に着けていた小型拳銃。両手の中に納まるほどの小さな銃を薫はガタガタと震えながらも必死にトリガーに触れようとする。しかし、震える手は薫の意思通りに動かない。自分の腰に馬乗りになって必死に銃を構えようとする、殴られ人相も変わってしまった薫の姿に日向は仰向けになったまま薫の手に自分の手を添える。温かくて大きめなその手に覆われ薫は息を飲む。日向は静かに薫の指をトリガーに触れさせると、銃口を自分の心臓部分にあてた。
「そのまま一気にトリガーを引け」
日向の言葉に驚き我に返った薫は涙をこぼしながら叫んだ。
「違う、違うっ!あなたを殺そうとしたんじゃない。自分は……姉に、会いに……行こうと……」
日向は動じることなく言った。
「お前がどうしても姉上に会いに行くと言うのなら、私も同行しよう。ただし、私を先に撃て。お前の力になれなかったことを、私が先に行って姉上に詫びなければならないからな。
確実に私を仕留めてからお前は来るんだ。だが、死んだ私を見て気が変わったのなら、そのままお前は生きろ。そこの引き出しの中に私の遺書がある。いつ死んでもいいようにと用意してあった。それを見せて私が自害したと言えば、誰もがお前を疑うことはないだろう。いいな。さぁ、撃て、薫」
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