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海蛍 21
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「お前、名簿に名前が無かったのにどうしてこの艦に乗ってるんだ?」
その夜、食事をとりながら横にいた同期の佐伯が不思議そうな表情で薫に訊ねた。
「お前と同期でありながら、お前は出撃で俺は留守番っておかしいだろう?
で、確認してもらったら俺の名前が名簿から漏れていたってわかって」
薫はそういうと笑った。
「ふーん、そんなこともあるんだ」
佐伯は今一つ納得してはいなかったが、この艦に乗った以上、運命共同体となった薫に対して頑張ろうなと手を差し出し固い握手を交わした。と、その時だった。
「橋本衛生上等兵、日向艦長がお呼びだ。すぐに艦長室に行け」
艦長付の士官が言った。
『もう、ばれてしまったなんてさすが、日向艦長は欺けないな』
内心苦笑しながらも、薫は起立し返事をすると士官に伴われて艦長室へと向かった。
「橋本衛生上等兵を連れてまいりました」
「ご苦労だった。橋本は中へ入れ。お前は戻っていい」
「橋本衛生上等兵、入りますっ!」
ドアの向こうに待っていたのは、軍人としての厳しく威厳のある日向だった。
「いくつか尋問がある。偽りなく答えろ。お前はなぜこの艦に乗っているんだ」
「同期の佐伯や岸田、竹内や島谷が乗艦名簿に名があったのに、なぜか自分の名がありませんでした。
これはきっと上層部で何か手違いがあったのだろうと、自ら伊勢崎少将に申し出をし乗艦名簿に加えて いただきました」
「お前、伊勢崎少将に直談判しただと!?」
海軍少将と言えばかなりの位であり、薫が目通りを求めても会ってもらえるはずもない程地位の高い者だった。今回の艦長を任せると通達してきたのが伊勢崎であり、その際に日向は伊勢崎少将に薫が怪我をしていて、それが治るまで出撃を見送ると約束を交わしていたのだ。それなのに……
「大変でしたが、どうにかして会うことを許されました。
そして、自分はどうしても日向艦長の指揮の元でお国のお役に立ちたいと願いでて認められました」
薫は表情を崩すことなく、直立不動のままそう答えた。
「艦長は私だ。私はお前の乗艦を認めてはいないし、認める気もない」
日向は感情を見せることなく言った。
「勝手なことをして申し訳ありませんでした。
日向艦長の命令により、橋本衛生上等兵はただいまから退艦いたします」
姿勢よく敬礼をすると、薫はくるりと向きをかえ日向に背を向けた。
「ま、待て。退艦すると言っても艦は相当沖に出ているんだ。
天候も良くはない。どうすると……」
「艦長命令に逆らう訳にはまいりません。
自分はボートを使って退艦し、この手で漕いで艦の後を追います」
薫の背に嘘はない。
このまま艦長室を出れば、薫は間違いなくボートに退艦して豪雨の中、この艦を追って来るだろう。
薫が躊躇いなくドアノブに手を掛ける。
「お前は馬鹿だ。あのまま残っていれば戦争は終わって生き延びることが出来たかも知れないというの に……」
「姉もあなたもいない世界に何の未練もありません。
今はただ、息絶えるまであなたの傍で仕えたいんです。
だって、だって身体は生きていてもあなたを失ってしまえば心は死んでしまうんですよ。
笑われるような無様な死に方はしません。あなたの部下として誇れるように散ります。
だからお願いです。私をここに!」
薫の背が小刻みに震える。泣かせたくはない。
ただ、幸せになることを祈っていたはずなのに、その自分が今、薫を泣かせている。
「橋本……」
「即刻、退艦します」
「ここにいてくれ。ここで、この艦で私と息絶えるまで運命を共にしてくれ」
日向の言葉に薫はハッとして震えが止まる。
「橋本衛生上等兵、艦長として命令する。
この艦で衛生兵としての任務を命ずる。私と共に旅立つことを……」
急ぎ傍に行き薫の身体をこちらに向けさせた。まだ痣の残る涙で濡れた顔が笑顔になった。
「お供いたします、どこまでも」
日向は薫を抱きしめた。
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