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海蛍 29
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艦はそれから幾日かを経て東南アジア某国へと着いた。
ここは多くの戦死者を出した激戦地でもあり、生存する日本人は僅かしかいないと薫は耳にした。
実は薫の乗った艦はこの地へ『海蛍』を運ぶことも任務の一つとなっていて、停留する艦の窓から見る窶れ屍のような姿で生き残り移動する日本兵を見て胸が詰まる思いがした。
傷もかなり癒えて身の回りのことをするのにもどうにかなっていた薫は当然、自分はこの地で艦から降ろされ眼下で彷徨い幽鬼のように歩く日本兵と合流することとなると考え覚悟を決めていたが、下艦を求められることがないまま艦は物資を降ろし、新たな荷を積み込むと困惑する薫を載せたままアメリカへと旅立った。
何度も下艦を願いでた薫を軍医助手要員として艦長から許可をもらい留まらせたのは、薫に生きる望みを諭した軍医のアラン大佐だった。
アランが医務室で日本兵を助手として扱いながらも厚遇していると、気の荒い一部乗組員が何度か薫の元へ怒鳴りこんで来たこともあったが、アランは衛生兵に置ける国際法の位置付けを説明し薫に手出しをする者は帰国後、軍法会議にかけると脅かすと皆が引き下がった。
アランは叔父が海軍中将でその威を借り名を出せば、大抵のことはどうにかなるのだと笑っていた。
もうすぐ40歳になるというアランが時折笑う表情は、どこか日向を思いださせる雰囲気があった。
薫はアランから艦内で行動に制限があるものの、アメリカなど欧米での進んだ医学を学ぶ機会を与えられた。
自分が置かれていた境遇とは違い、艦内であっても機材や薬が豊富なことにも驚くばかりだった。
決して日向とのことを忘れた訳ではない。
日向と共に多くの命を奪ったこの国に関わる全てのものに憎しみが残っていたのも事実ではあったが、生き残った自分が何をすれば日向は喜んでくれるのかを薫は考えながらも明確な答えを見出さないままにアランから医学を始め様々なことを学び日々を過ごしていた。
身体の傷は次第に癒えたが、心の傷は未だ薄らぐことはない。
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