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海蛍 36
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ライナスの部屋を借りてそのベッドで何日かぶりに手足を伸ばし横になった薫。
湿気とかび臭さを感じたものの、それを気にする間もなくいつの間にか深い眠りについていた。
熟睡感のないまま夜明けと共に目覚めたのは、多くの人々の声と足音ゆえだった。
「お帰り、アラン!!」
「アラン!この野郎、幽霊じゃねぇだろうなっ」
「アラン、良かった、本当に良かった」
老若男女の入り乱れたたくさんの笑い声が、嬉しそうな声が家中に響く。
「取りあえず朝ご飯の用意をしたから、遠慮しないで家に来なさいよ」
扉の向こうから聴こえる屈託のない初老の女性の言葉に薫は思わず視線を落とす。
脳裏に昨夜のジョージとのいざこざが蘇る。
ベッドから抜け出たものの、ここでの自分の存在を考えると何をどうしていいのかが分からず結果、息を潜め扉の向こうでの会話に耳を傾ける。
「ダイアナおばさん、ありがとう。
ご馳走になりたいんだけれど、実は私には戦地で知り合った……
この診療所を再開するために力を貸してくれる大切な友人がいるんだ。
その友人も一緒に食事をしてもいいだろうか」
「戦友かい!?あぁ、遠慮することはないよ。
アンタやライナスと共に敵と戦った兵士は合衆国に取って英雄じゃないか。
さぁ、その友人とやらを起こして連れておいで」
少しの間の後、薫のいる部屋の扉がノックされる。
「おはよう、カオル。起きてるかい?」
カオルの名にその場にいた者たちの表情が瞬時に曇る。
「はい、起きています」
扉の向こうの空気が、自分の名を呼ばれたことで一変してしまったことを薫は全身で感じる。
そう、自分は敵国の兵士。
ここで怒りの納まらない者たちに嬲り殺されても仕方ない状況なのだと、薫は改めて思い知らされた。
「日向艦長、私に勇気をください」
薫は祈るように小さな声でそう呟くと、静かに扉を開けた。
どこから見ても日本人である薫の姿に、一同は静まり返る。
今までの楽しい喧騒が嘘かのように辺りは無音状態になった。
「日本人なのかい……まぁ、合衆国に忠誠を誓って戦ったのなら……」
戦中、何らかの事情から日本人でありながらもアメリカ国籍を持ち、屈辱的な差別を受けながらも合衆国に忠誠を誓い米国兵士として戦った者も多くいた。
戸惑いながらもダイアナはそう解釈してそれを言葉にしたが、その言葉を即座に遮ったのはジョージだった。
「いや違う、違うぞ。そいつはれっきとした日本兵だ。
アランがはっきりと俺に言ったよ。
こいつが日本海軍の衛生兵の死にぞこないであるとな。
そうだよな、アラン?」
辺りの雰囲気を察して、アランは静かに薫を護るように立ち位置を変える。
「日本兵が何故、ここにいるんだ!?
俺の甥っこはミッドウェーでサメの餌になったってのに。
それともこいつが血祭り用の土産なら有り難く頂くぜ」
製材所を営む大柄で血の気が多そうなニールが、人をかき分け薫の前へ立ちはだかった。
「ミッドウェーで戦死したウォーレンには心から哀悼の意を……
しかし、ニール、戦争は終わったんだ。戦争でこのカオル自身も大切な人やものを失って傷心している。
どうか、それをわかってやって欲しい」
その言葉にニールの怒りはアランに向いた。
今にも掴みかかろうとしたニールの腕をしっかりと掴み封じたのは意外にもジョージだった。
「アランは戦場で地獄を見てきたんだ。まだ正気に戻っちゃいねぇ。
ライナスもいなくなって、ひとり寝が寂しくてペットのサルを連れてきただけだ。
サルの世話が飽きればこっち側に戻ってくるさ。
さぁ、サル臭さが移らないうちにここを出よう」
ジョージの言葉に喜び集って来た者たちは、無表情のまま言葉無く階段を降りていく。
板の軋む音が耳に刺さる。最後に階段を降りるニールが背を向けたまま言った。
「サルの世話と躾はしっかりとしておけよ。町に迷惑をかけたりしたら間髪入れず即、射殺してやる」
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