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海蛍 49
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「お前、本当にクロエを救えるんだろうな……」
男たちに抱きかかえられながら、薫の横を通り過ぎるジョージが薫を睨み付けながら問う。
「私は日本の男です。責任逃れなどしません。
もしも、クロエを助けられなかった時は、腹を切ります」
無意味な争いを諫めるため、幼子の命を救うために女たちは銃を手にして立ち上がった。
女に物を言わせなかった男たちも、母として立ちはだかった女たちに逆らうことはできなかった。
クロエに重くのしかかった死神と薫の戦いが始まった。
当時、破傷風は極めて死亡率が高かった。
傷などから体内に入りこんだ破傷風菌は強力な毒素となり、運動に関わる運動神経に
入り込み脳に侵入、脳での運動神経を興奮させてしまうため、全身に痙攣が起こる。
適切な治療ができないことは、死をも意味した。
音・光などの刺激は強い痙攣発作を誘発する。
薫はすぐさま、町中の布を集めるよう指示をして、それで診察室を覆わせた。
出来る限り音と光をクロエから遠ざけようとしたのだ。
ストックされた薬品で対応しながら、隣町へ必要な薬品を取りに行くことはニールが名乗りを上げた。
「クロエに万が一のことがあったら、お前を広場で吊るし首にしてやる」
薫から薬剤の名の書かれたメモを受け取りながら、ニールはそう言った。
そう言いながらもニールの手は、確かに震えていた。
どす黒くなったクロエの足を切開し、その患部を水で洗う。
痙攣するその身体をヘレンやアンナなど女性たちが掴み押さえる。
抗生物質を投与しながら、不規則にやって来る痙攣発作に皆が不眠不休で対応する。
町はクロエのために、物音一つしない廃墟のようになった。
唯一、医療行為が出来る薫だけは眠ることも許されず絶えず、クロエの症状の些細な変化をも
観察し続けた。
そんな中、隣町に着いたニールから無事に薬を受け取り、これから馬で山越えをして戻ると
電話で知らせが入った。
車を使えば山を幾つか迂回するのでかなりの時間がかかるが、馬で山越えをすると所用時間は
半分近く短縮される。しかし、その山は険しく道はない。道を作ることさえ諦められた山だった。
自分が生まれ育った土地も医師はなく、恵まれてはいなかったが、戦勝国であるアメリカでも
この様なことが今も日常茶飯事に起きていることに薫は人知れず驚き胸を痛めていた。
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