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海蛍 51
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「ライナスとヘレンはそりゃ仲のいい夫婦だった。
俺たちは幼馴染でいつでも一緒だった。そして、いつでもヘレンはライナスを見つめていたよ。
二人が結婚するときは、町中で祝ったものさ。三日三晩、大騒ぎしてな。
実は三日三晩の騒ぎってのは、祝うためと言うよりも、ヘレンをライナスに取られた男たちの
嘆きの祭りだったんだがな」
薫から目を逸らしながらも、ジョージは初めて薫に対して笑みを浮かべた。
「ヘレンが身ごもり、これからって時にライナスに戦場への招待状が届いたのさ。
俺は徴兵されない身体だった。恨んだよ、この身体をな。
ライナスの代わりに行けるものなら行きたかった。
戦場へ向かう前夜、俺はライナスから頼まれたんだ。
『自分が戻らなかったら、ヘレンと生まれてくる子の父親になって欲しい』ってな。
お前、そんな気持ちで行くのか!ってライナスを殴り飛ばしちまったっけ。
翌朝、ライナスは俺に殴られた痣をつけたままこの町を出たのさ。
でも、ライナスは帰っては来なかった。
硫黄島で苦しんで苦しんで死んでいったと聞かされた。
末端の一衛生兵のお前を恨んでどうなる訳でないことぐらい、馬鹿な俺でもわかってはいるよ。
でも、でもな。
ライナスそっくりなクロエを見ていたら、この気持ち、お前にぶつけずにはいられなかった。
……済まないが、しばらくここでひとりでいたい」
薫は無言で頷くとジョージに背を向けた。
背中の痛みを隠し耐えるように歩く薫の姿に、ジョージは唇を噛みしめる。
「お、おい」
小声での一言に薫は振り向く。
「済まないことをしてしまったな。
戦争は終わったと言うのに、戦場と同じぐらい非道で残忍なことをしてしまった。
俺がこんな浅はかなことをしてしまったから、ライナスが怒ってクロエを迎えに来たのかも知れない。
謝る。心から謝る。酷いことをしてしまった。許してくれ。
そして、どうかクロエを助けてやってくれ。
お願いだ、Dr,ハシモト」
虚勢を張っていたジョージの姿はそこにはなかった。
ただ、わが子となったクロエが助かることを祈る、悲しいほどに追い詰められた父ジョージの
姿がそこにあった。
「もしもクロエを助けることができなかった時、私は医師になることを諦めます。
クロエがひとりで淋しがらないように、私も一緒に着いて行きます」
薫はクロエの命に自らの命を委ねる決心をした。
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