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海蛍 59
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「町の者はみんな知っていることだが、誰もが口にすることもなくなった話だった。
ジョージは心からヘレンとクロエを愛している。
あの三人は間違いなく家族になった。
けれども、ジョージの心の奥底には良くも悪くも、私の弟であるライナスの存在が消えぬままある」
ライナスの名を口にしたアランの表情は、どこかさみしげに見えた。
「色々とありましたが、今は全てのできごとが絆を強くするための添え木になってくれたと
私は思います」
嬉しそうに語る薫の笑顔が、アランには切なかった。
「カオル、背中に大きな火傷を負ったそうだね」
アランの言葉に薫の表情が引き攣った。
「あ、あの、オレ、掃除をしている時にバケツに躓いて転んでそれで……」
「ジョージたちがカオルに取り返しのつかないことをしてしまったと、私にも謝罪してきたよ」
薫の嘘をアランの言葉が消し去る。
徐に立ち上がると、アランは薫の背に回ってシャツを捲った。
「っ……」
焼け爛れた傷が膿み始めている。
僅かにあった薬もクロエと足を撃ち抜かれたジョージに回し、自分の治療は全て後回しにしたことを
傷は雄弁に語っていた。
「セイラムからいい薬をたくさん持ってきたんだ。しかし、このご時世で臨床がまだ……な。
さぁ、町のみんなのために被験者になってくれるだろう?カオル」
アランらしい物言いに薫は黙って頷いた。
傷は深く治療を受ける薫だけではなく、治療をする側のアランもまた、額に汗をにじませていた。
「カオル、私が君をここへ連れてきたことは、本当に正しかったのだろうか」
背に触れていたアランの手が止まる。
「こんなに惨い傷を残してしまって。
自分の命と引き換えにしてでもカオルの命を護ろうとしたキャプテン・ヒュウガに私は申し訳なく思う」
薫の背でアランは声を殺して泣いていた。
「日向艦長の命令はただひとつ『生き抜け』でした。
あのまま海に漂っていれば、私は命を失ったでしょう。
もしも、何らかの形で命が助かって日本に戻ったとしても、心は死んでいたと思います。
確かにここに来て、確かに色々ありました。
でも、乗り越えて今、私は自分の心と体の居場所をやっと与えられたと思っています。
アランにとっては酷い傷も、私に取ってはこの町で暮らすために得られた勲章だと思ってます」
「カオルは強いんだな」
「本当の強さとは何かを私に教えて下ったのは、日向艦長です」
自分が生きている限り、日向は死ぬことはないのだと薫はこの時、悟った。
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