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海蛍 64
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夜明けと共に、薫とアランの新たな目標を定めた生活が始まった。
早朝から食事の用意をするために当番となった女がやって来る。
食事が済むころに、今度は掃除洗濯をする女がやって来る。
診療所にはアランや薫が診察に専念出来るように、診療所の雑務を引き受ける女も来る。
診療所から離れた場所にある老人の往診のために、男たちも手分けして車や馬車に患者を
載せて診療所に運ぶ。
外ではもうすぐ訪れる本格的な冬を前に、診療所で使う薪などの冬支度をしている男もいた。
診察のない時間、ふたりはひたすら勉強に打ち込んだ。
その様子はまるで、アランが自らの命を薫に継承させているかのように皆には見えた。
薫の天性とも言える頭の良さを見抜いていたアランは、医師として必要な繊細で細やかな
英語での表現や、医科大学入学に必要な勉強を教えた。
自分の持つ時間が限られていることを知っているアランは、これらの勉強と並行して直接、
患者に接しての治療行為も貪欲に教えた。
学ぶことに憧れていた薫は、アラン始め町の者たちの期待を一身に背負って、きついながらも
これまでの人生の中で最も充実した日々を過ごしていた。
馬の出産に牛の手術。町での新たな命の誕生や臨終の場にも立ち会った。
薫は人として、著しい成長を続けた。
長い冬を抜け、秋の入学に向けて薫の周囲が慌ただしくなり始めた。
薫は寝る間も惜しんで、入試を突破し奨学金を得るために身を粉にして働き学ぶ。
その知らせは、アランがセイラムから戻って直ぐ診療所に取りつけた電話が齎した。
セイラムにある薫が受験する予定だった州立医科大学からだった。
「なんだって!?あなた方は自分たちがどれだけ愚かなことを言っているのかを気付かないのか!
いいか、戦争は終わったんだ。もう、敵も味方もないんだ」
激高するアランの声が夕日が差し込む診療所に響く。
ただならぬ気配に、二階にいた薫は様子を伺いながらペンを置くと、受話器を握るアランの元へ
歩み寄った。
薫がアランを視界に捉えた時には既に電話は終えていたが、アランは受話器を握ったままだった。
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