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海蛍 71
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逸る気持ちを抑えさせるかのように、アランは薫にコーヒーを淹れるように言った。
見えないであろう場所で薫は深呼吸をし、トレーにコーヒーを乗せ運んできたが、
緊張から震える手はカップをカタカタと音立せて、コーヒーに波紋を呼び続ける。
どうにかコーヒーを配り終え席に着いた薫を見届けると、アランは笹本を見ながら
言った。
「英語での会話は大丈夫ですか?」
「えぇ、何とかなりそうです。困った時には助けていただきますので。
しかし、これからお話することは正確に橋本氏に伝えなければならないので、
互いの母国語である日本語でさせて頂きます。どうかご容赦を……」
アランは静かに頷いた。
「橋本様……私は旧東京帝国大学で日向と同期だった笹本と申します。
日向とは進む道を分かちましたが、高校以来の親友でもありました。
奴は目先のできごとではなく、いつでも日本や世界の行く末を案じて
憂いていました。
互いにこの戦争が長く続かないこともわかっていました。
私はその時が来たら弁護士になりたいと、身内の伝手を使って徴兵を
免れ大学に残り、助手として過ごしていました。
命惜しさにと蔑んでも構いません」
笹本はそう言うと遠い目しながら、ふっと息を吐いた。
その遠い視線の先には若き日向が映っていたのだろうか。
「奴は代々名家と呼ばれる家柄に生まれ、家業でもある医者を目指せば、
医官として助かる道も開けていたはずなのに、海が好きだからという理由で
躊躇うことなく海軍将校への道を歩みました」
自分の知らない日向の話に心が踊る。薫は黙ったまま笹本の話に耳を
傾け続ける。
「奴が……日向に内々に出撃命令が出た翌日、奴は私を訪ねて来ました。
そして、そこで奴の口から部下である橋本薫氏を自分の養子として法的に
正式に縁組したい旨の相談を受けたのです」
「養子?私が日向艦長の……ですか?」
初めて聴くその話に、薫は驚きその文言を笹本に聴き返した。
「日向から何も聴いてはいないのですね?」
笹本の問いに薫は深く頷いた。
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