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海蛍 73
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「あなたが日向と共に出撃した日、日向が進めていたあなたとの養子縁組が法的に
認められ完了しました。
あなたは今、『橋本薫』ではなく『日向薫』として日本で戸籍があります」
「ひゅうが……か、おる……?」
『この世で最も尊く愛しい人に今、永遠を誓う……』
波に漂いながら日向の言った言葉が蘇る。
日向はその場限りの言葉などくれたりはしていなかった。
最期を迎えるあの瞬間まで、日向は誠実に薫と向き合ってくれていたのだ。
「日向は先祖代々から受け継いだすべての資産を、あなたに相続させたかったんです。
調べましたが確かに日向亡き後、養子縁組されたあなた以外、法的にも日向家の
遺産を相続できるであろう人間は皆無でした。あなたには、それらを合法的に
受け取る権利があります」
日向との話で、相当な資産や不動産があるとは何となく気づいてはいたが、
金に縁も執着もない自分には、そんな他人の財布の話など興味もなく聞き流していた。
たぶん、それは薫には想像も出来ない恐ろしいほどの金額なのであろう。
しかし、そんなものには興味などない。今は涙しか出てこない。
「金も身分も何もいらなかった。
ただ、あの人が生きてくれさえしたら、私は他に何も望んだりはしませんでした……」
「あなたはなぜ、日向がそこまであなたとの養子縁組に拘ったのかがわかりますか?」
笹本の問いに薫は力なく首を横に振った。
「あなたは医師になることが夢だったそうですね」
諦めたばかりの夢。心の傷を、何も知らない笹本は容赦なく素手で触れる。
「夢ですよ、夢。何も怖いものなど知らない子どもが抱く、身の程を弁えないたわいもない夢です」
「あなたは旧大日本帝国海軍における遺族権利をご存知ですか?」
初めて耳にするその言葉に、薫は再び首を振った。
「旧大日本帝国海軍には残された家族……
戦死者遺族に対しての恩恵が規定されていて、それは今も生きているんです」
「恩恵……ですか」
「海軍軍人の遺族は医学校への入学及び学費免除の恩典が与えられるます。
わが国の医学校……今の国立医科大学への優先的入学及び学費免除の権利が、
日向の遺族として残されたあなたには受ける権利が生まれたんです。
日向は自分が出撃する時点で、その権利を何とかあなたに残したいと最後の
最後まで奔走し続けていたんですよ。
今のあなたは『日向薫』であり、日向総一郎の唯一の遺族として日向の思いの
すべてを受けることができるんです」
当時の帝国海軍では、軍人が戦死した後、遺族となった家族が路頭に迷わぬようにと、
この様な制度が確かに存在していた。
家族を残し死出の旅に向うことは無念極まりないが、残された家族がそうして優遇されるのならと、
兵士たちはそれを心の糧として出撃して行ったのだ。
『そろそろ、答えをくれないか、薫。いつか私に娶らせてくれることを……』
『はい。幾度生まれ変わっても、必ず私はあなたと共に生きることを誓います』
波間でのふたりの永遠の誓い。それは、その場限りの見せかけの契りではなかった。
日向とはあの時点で、身も心も全てがしっかりと結ばれていたのだ。
なぜ、日向があそこまで自分を生かそうとしたのかを、薫はやっと知った。
「日向艦長!日向艦長っ!!うわぁぁぁっ!!」
日向の思いの深さを知った薫は、その場に泣き崩れた。
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