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海蛍 74
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遠慮する笹本をアランが引きとめ、薫の部屋に泊めることにした。
即答できるような話でもなく、笹本も固辞することなく二日の滞在を願いでた。
遠方から来た笹本を先に寝かせ、薫はアランと診察室でどちらからともなく話を始めた。
「私はキャプテン・ヒュウガの思慮の深さとカオルへの真摯な思いに心から感動しているんだ。
戦争という辛く悲しい時代の中で、カオルの『医師になりたい』の思いをここまで
具現化させていたなんて……
同じ命の刻限の迫る思いを抱える者同士として私は恥ずかしい思いをしているよ」
とうに薄くなってしまった何杯目かのコーヒーに口をつけ、俯き加減にアランは言った。
「恥ずかしい……?」
「あぁ、私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。キャプテン・ヒュウガは
愛するカオルのことだけを思い考え、自分が死して尚、カオルが前向きに
生きられるように道を用意しておいた。
しかし、私は自分の感情だけでカオルをここまで連れて帰り、町のため、
病を抱える私の代わり働かせようとしているんだからな」
「広い太平洋上でアランが私を助けてくれたから、こうして今の私があるんです。
助けてくれたアランも、私の居場所を与えてくれた町の人たちもみんな、私に
取っては恩人です」
「違う、違うんだよ、カオル。キャプテン・ヒュウガは異国であるアメリカで
こんなことをさせるために、わが身を切り裂いてもカオルを生かそうとしたのではないんだ。
きっとキャプテン・ヒュウガの思いが神に届いて、こうしてミスターササモトが……」
「違う、違う!神なんているものかっ!
もしも神がいるのなら、どうして平和を望んでいた日向艦長が死ななければ
ならなかったのですか!?
私利私欲や誤った判断で多くの者を家族から奪い殺した者達が、何の責任も
問われず今ものうのうと生きているのはどうしてなんですか!?
どうして日向艦長が死ななければ……」
笹本の登場による真実の露呈で、薫の心は激しく揺れ動いていた。
胸の奥深く押しやっていた日向への思いはもう、自分でもどうすることも出来なくなっていた。
「申し訳ありません。アランは恩人だと言うのに私は……」
「カオル、ミスターササモトと日本へ帰りなさい」
アランはやつれた顔で、痛々しい笑みを浮かべ言った。
「日向艦長のいない日本に私は何の未練もありません」
薫は躊躇うことなく即答する。
「カオルが言った、キャプテン・ヒュウガがいれば他に何もいらないと言う
言葉がすべてなのはわかる。しかし、時代がそれを許さなかったんだ。
そう、キャプテン・ヒュウガもライナスも死ぬ必要なんてなかったんだ……」
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