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海蛍 76
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「硫黄島での戦いがどんなに悲惨だったかは、カオルも知っているだろう?」
薫は黙って頷く。
「日本兵を灼熱の洞窟へ追いこみ、兵糧攻め状態にしたそうだ。
ライナスの役目は、それに耐えかね洞窟から出てきた日本兵を余すことなく
銃撃することだったそうだ。
しかし、既にライナスの精神的限界は超えていた。
ライナスは命令を遂行できる状態ではなくなっていた。
苦しさから逃れ、洞窟から息も絶え絶えに這い出てきた日本兵を見つけたライナスは、
銃撃するどころか、その日本兵に自分の持っていた水を分け与えたそうだよ。
日本兵は美味そうにライナスの差し出した水を飲み干した。
水を恵んだライナスに、その日本兵は生き残るために一縷の望みを懸けたのだろうか。
自分の持っていた妻子の写真を取りだし見せたそうだ。
自分のためじゃない、妻子のために帰りたかったんだろう。
日本兵は泣きながらライナスに手を合わせた。
しかし、そこへ同じ海兵隊員が来て日本兵に銃を向けた。
機銃で蜂の巣にされたのは、日本兵ではなく、それを庇ったライナスだった。
そう、ライナスは敵である日本兵を庇って死んだんだ」
アランの告白は薫の想像を遥かに超えたものだった。
沈み行く艦でたくさんの仲間の屍を踏み越えた薫だからこそ、その惨状を苦しくも容易く想像できた。
ライナスもまた、誰かを護るために命を落としていたのだ。
散々、泣きぬれた瞳から、途切れることなく涙が落ちる。
その涙は日向へのものではなく、人としての矜持を捨てることのなかった
ライナスへの敬意を表す涙だった。
「ライナスの行為は謀反であり、反乱兵であると騒ぎになった。
ここで待つヘレンやクロエに何といえば良かったのだろうな。
泣きながら見送った夫が反乱兵の汚名を着せられているなどと、私には言えなかった。
何よりライナスは、人として決して間違ったことはしてはいない。私は今もそう思っている。
私は軍医として、ライナスが兵士生活によって普通ではなくなっていたと
して戦死扱いになるよう奔走した。おかしな話だと思うよ。
人として正しいことをしたライナスが、異常だった証明をしなければならないなんて。
でも、そうするしか道はなかった。幼子を抱えたヘレンには戦死した
ライナスの恩給が不可欠だったのだから。
そして、ライナスが名誉ある合衆国海兵隊での戦死者として認められた
連絡を受けた日、甲板でライナスの散った硫黄島の方向を見ていたあの時、君を……
漂流物と共に漂っていた、瀕死のカオルを見つけたんだ」
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