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海蛍 92
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未明から降り続けた雪が、街を際立つほどに明るくしていた。
鉛筆、受験票……薫が持ち物の点検をする。
「橋本さん、いいかい?」
戸の向こうでミツの声がした。
「朝ご飯、私のところで食べていきなさい。お弁当も用意してあるから」
ミツは何事もなかったかのように薫に声を掛けた。
豆腐の味噌汁に炊き立てのご飯、漬物と薫の好きなものが並んでいる。
薫はミツに礼を言うと、いつもよりも長く手を合わせ祈っていた。
「いただきます」
不本意ながらも先立ってしまった者たちが、命を懸けてまで護ろうとしたものを、
生かされた自分がそれを継承していく。そのために食事をする。
何度も涙が喉奥の飯を押し出そうとするが、薫は涙とともにそれを飲み込んだ。
「お弁当のおにぎり、作っておいたから持っていきなさい。
水筒にはお茶が入っているから、落ち着いて飲むんだよ」
ミツが差し出してくれた大き目なおにぎりに、自分は生きている、生かされているのだと実感する。
「あの、実は……」
心配をしているであろうミツに、薫は何があったのかを伝えようとしたが、その言葉をミツはすぐに遮った。
「試験前にそんな余裕はないはずだよ。
橋本さんがどんなに優れた人間であっても、油断はしちゃダメ。
己の油断はどんな外敵よりも恐ろしいんだからね。
試験が終わって橋本さんの心が落ち着いたら、聴かせてもらうから。
さぁ、いってらっしゃい。お姉さんや日向さんに恥ずかしくない報告ができるよう、
自分のすべてを出し切っておいで」
玄関を開ける。
外気の冷たさに身体の芯がぐっと伸び、悲しみでいっぱいだった心が次第に現実に
向かい合い覚醒していくのを実感する。
大きな通りまで雪が退けられている。
自分が泣いている間にミツが、かじかむ手を擦りながら作ってくれたであろう純白の道が、
目の前に一筋、拓けている。
深呼吸をして、自分で決めた新しい一歩を踏み出す。
「いってまいります」
薫はミツに深く一礼すると、その道を歩き出した。
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