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白線越えたら君の横
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朝、目が覚めるとつい隣にあったはずの体温を探してしまう。その度に失われた温もりに失望して"死にたい"という四文字が頭を掠めるのだ
眩しい日射しに目を細め瞼を開けると真白い天井が映る。微かに聴こえる鼻歌に芳ばしい匂い、そして隣の生暖かさを確認してこれは夢だと気づく。それでももう一度あいつの姿が見たくて慌てて布団を抜け出した。リビングに顔を出すとあの時と変わらない笑顔でおはようと声を掛けられる。もしかしたら姿は見えないかもしれないと危惧していた俺は呆気に取られながら挨拶を返す。そんな俺を笑いながらあいつは焼いたトーストと目玉焼き、そしてサラダを並べ目の前に腰を下ろした。小さく手を合わせ食事をはじめるその姿があまりにあの頃と重なるものだから思わず目が潤んだ。そんな俺に驚くあいつを見て小さく「ごめん」と呟いた。
ジリリリと鳴り響く目覚ましに叩き起こされて現実に引き戻される。頬に手を当てると涙が伝ったのか濡れていてその事実にまた少し泣いた。
高校の頃からの付き合いだった。仲の良い友達同士で互いにどっちが早く彼女ができるか競いあったりなんかしてくだらないケンカも何度もした。互いに彼女が出来たってケンカをしたって離れるなんて選択肢はなくてむしろ自分があいつの一番じゃなきゃ気に入らなくて気づいた時にはその気持ちは友情の形をしていなかった。自分だけが歪な気持ちを抱えているのは辛かったけれどそれでも一緒に居られないことの方が嫌でどうにか繕って傍にいた。その関係が大きく変わったのはあいつからの告白だった。予想外の出来事に驚いたが嬉しかった。けれど今さら関係を変えるには少々俺たちは大人になり過ぎてしまった。現実は当人たちが幸せならそれでいいという訳にはいかない。どもる俺にあいつは
「俺は諦めないからな。俺が頑固なのお前はよく知ってるだろう」
そう言って不敵に笑うのだ。決して人のせいや俺のせいにしないで自分で背負い込んでいくその姿勢はあまりに眩しかった。
あいつの押しに負けるような形で付き合い始めた俺たちの関係は以前と変わりなかった。ただたまにじゃれる様に体を重ねることが加わっただけだった。そんな緩やかな幸せを過ごしていようが世界は俺たちのことなど知らずに進む。あいつにお見合いの話がきていることを知ったのは偶然だった。しかしそれを聞いた瞬間"あぁ、ついに手放す時が来たんだな"とそう思った。幸せな時間は長くは続かない潮時なのだと。
その日帰るなり俺はあいつに別れを告げた。「お前のことが嫌いになった」なんてくだらない嘘を吐いて。あいつは泣きそうな顔を隠すように背けながらそれを承諾した。最後に一緒の布団で寝ることを条件に。次の日の朝、あいつは変わらぬ顔をしてご飯を作っていた。あまりにも普段と変わらないから昨日のことは夢だったのではと思ったほどだ。しかし帰って来て実感した。綺麗さっぱりなくなったあいつの荷物を見て別れてしまったのだと、終わってしまったのだと。
その次の日あいつが飛び降りたと聞いた。
はじめは何を言っているのか分からなかった。あいつが、死んだ?飛び降りた…?そんなことする奴じゃないだろあいつは。混乱する俺に渡されたのは一枚の白い封筒だった。
-俺が飛び降りたと聞いて今頃、お前は混乱しているんだろうな。ごめんな昨日お前に振られてその直後に死ぬなんておかしいよな。失恋ごときで俺は死ぬような奴じゃない、ってそう思ってるよな。俺もそう思ってた。けど実際はお前に振られて自分でもビックリするぐらい動揺した。多分、お前が昨日言ったのは嘘だろうって、本気じゃないってわかってるよ。何年一緒に居ると思ってるんだよ(これで自意識過剰だったら恥ずかしいな)それでも俺は悲しかった。お前にそんな嘘を言わせてしまうこんな世界に失望したし、お前に言われたことにショックを受ける自分自身にも。多分、今死んだらお前は死ぬほど悲しむんだろうなって思うよ。けどそれと同時に俺のこともきっと忘れないでいてくれるんだろうなってそう思ってしまったんだ。アホらしいよな。けどそう思ってしまったんだ。こんな馬鹿なことをする俺のことを恨んでくれ。そうしていつまでも忘れないで。いつまでもお前の中で消えない傷や瘡蓋みたいな小さなもので構わないから。
お前のことが死んでも好きな頑固者より-
読み終わった瞬間涙が止まらなかった。なんて馬鹿なことをしてくれたんだ。けどあいつの思惑通り俺はあいつのことが忘れられない。一つだけ違うことがあるとすれば、小さな傷なんかではなく致命傷だということだった。
流れる人々を見ながらもういいだろうかと思った。
こんなにも多くの人がいたって俺の欲する唯一はもういない。どれだけ渇望したって会えないのだ。もういいよな。白い封筒を胸ポケットにしまい込んで、一歩踏み込む。自分ばっかりだと思うよな。俺だってお前のことが死ぬほど恋しいんだから。白線を飛び越えたらお前の元へ行けるだろうか。落ちる刹那お前の声が聴こえる気がした。
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