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弟と大御所 -2-
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前島はそれ以降、カルバンクラウンのステージも上の空だった。
終演後に楽屋に挨拶に行くことは決まっている。そこでジュンに会うのも憂鬱だが、前島はそれ以上にプロデューサーの角北の存在をネックに感じていた。
前島は思い出したのだ、角北朋明にも昔から男色沙汰の噂が絶えなかったことを。
木田と室井の交際以降、やたら周囲にそういった人間が増えている気がする。これは何かの陰謀か?
「度胸あんなぁ」
前島は鬱々とした気持ちにハマっていたところから、木田の一声でハッと我に返った。どうやらカルバンクラウンのライブが終わっていたらしい。
先ほどの木田の発言は、おそらくジュンに向けられてのことだろう。
「うん、ジュンはよく頑張ってる。俺は本当に安心したよ」
前島はふと室井の方を向いた。
会場は暗いし木田に隠れて表情はよく分からないが、その言葉の内容と、いつもより少しトーンの低い声が少々気がかりだった。
木田が室井に何やら小声で話しかけていたのに注意を払おうとしたとき、自分の後ろからも声がした。
「気分は大丈夫か?」
振り返ると、どうも櫻井は自分に対して声をかけてくれたらしい。公演中ずっと姿勢低めでいたからだろうか。
「まぁ、悪かねえよ」
「そうか。お前はさ、弟さんの方は軽く挨拶しとけばいいから。ただ……」
「角北さんの方?」
「まぁまぁまぁ、そっちもな、無礼の無い程度に、ご挨拶で」
「へいへい……」
体面上の話にため息をつきながらも、櫻井が自分のことを気にかけてくれているのが救いに感じた。
そういえば、木田と室井は何を話していたのだろうか。櫻井に気を取られていてそちらを話を聞いていなかったのだが、もう既に会話は終わったようで、2人ともしんみりとした様子で機材を転換しているステージを眺めていた。
シタタリは小規模ホールで地方の末端まで回るツアーを行っていたのだが、最終日の東京公演は1万人は入るホールで行われた。カルバンクラウンには大きすぎるが、シタタリには少し狭い規模だ。
ファンたちは俄に熱を高めはじめ、既に絶叫のような甲高い声があちらこちらから響いている。そのほとんどは香月の名前を呼ぶ声であるが。
ダラダラと転換を待っていて、フッと照明が暗くなる時間が来た。
客席からは絶叫。普段自分たちのライブでは聞けない声量に前島は少し羨ましいと思いつつ、こんなに女ばかりもいらないなと笑って振り払った。
スクリーンにCGが映され、意味ありげに英語のナレーションが流れだす。
派手に装飾された黄金のオープンカーが猛スピードで駆け抜けるアニメで、その行き先に今宵の会場が映り出すと会場から拍手が起こった。
車は会場のドアを突き破り、映像はホワイトアウトする。
同時に大歓声。映像の間にステージに上がっていたミュージシャン達の伴奏に迎えられ、先ほどCGで描かれていた車がステージの袖から出てきたのだ。
乗っているのは当然、シタタリの2人。彼らの表情は左右のスクリーンにそれぞれアップで映された。
外村は車からヒョイと降りるとギターを抱え、伴奏に乗せてギターを奏で出した。香月は未だ車の中で、組んだ足を扉に引っかけている。
花束のように造花で装飾されたマイクをシートから取り上げて、香月が歌いだした。
前島はとにかくファンの声に圧巻されていたし、自分たちのライブではまず使わないような舞台装置に目を走らせていた。
確かにこりゃアイドルだ、と思う反面、それでもこれだけの人間を夢中にさせる力は本音では羨ましかった。
香月は飾りボタンの大きな赤いナポレオンジャケットを着て黒いシルクハットとスラックス、外村の方はジャケットだけ色違いの緑色で、やはり香月ほどの派手さはない。
ユニットであからさまにパワーバランスが違うなんて不憫だ、と前島は心でケチを付けた。
しかし外村は頬がプックリするほどの笑顔でギターを弾いている。自分への評価など気にしていないのだろうか。ただ演奏するのが楽しいといった表情だった。
前島は深呼吸して真っすぐにステージを見据えた。
人気だけで言えば、とても彼らには敵わない。同じ土俵として見ずに、ただ華やかなステージに素直に圧倒されていた方が、精神衛生上いいと悟った。
こうして前島は1人の観客となった。気の重い楽屋挨拶も、その一時だけは忘れて。
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