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弟と大御所 -3-
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アンコールまで終わると、いよいよ前島にとって気の重い、楽屋挨拶のイベントが思い出される時間となった。
「木田、まずはシタタリさんのところから行くから、一旦そちらさんとは離れるぞ」
室井の後ろについていこうとした木田が櫻井に引っ張られてきた。
「あぁ!?なんでだよ!」
「一か所にいっぺんに行ってもしょうがねえだろ、それにまずは先輩からだ」
「バイバイ、ギダユー」
「健嗣……」
半べそで引きずられる木田を見ながらやれやれと前島は息をついた。
先にシタタリに会うのは前島には好都合だった。それならカルバンクラウンの方は適当に挨拶してすぐ掃けてしまえばいい。
楽屋前で櫻井がスタッフにパスを見せて中に通してもらう。
楽屋はいつも自分たちがライブをやる場所より清潔そうで広々としていた。スタッフの人数もパッと見ただけでも違う。当然、舞台が大きくなれば動く人数も多くなるのか。
「あれ?ピーエムじゃん」
ドアが開いてすぐに気付いたのは、タンクトップにタオルを肩にかけた姿の外村だった。
「あぁ、外村さん!本日はお疲れ様でした。こちらのことも覚えていていただけたなんて……」
「うんうん、昔挨拶したじゃん。マネージャー君のことも覚えてるよ、櫻井くんでしょ。今日来てくれてたんだー、早く言ってくれりゃ良かったのに」
外村の方から近付いてきて前島は急いで頭を下げた。そういえば以前に挨拶した時も、やたら社交的でこちらに距離を作らない人だと感じたんだった。
「いや、本当に今日は……圧巻でした」
それは前島の正直な感想だった。
ライブが始まる前は話すことなんか何があるだろうと思っていたけど、今はいくらか伝えたいことや言いたいこともあるような気分だ。
「あーそれ麗二に言ってあげるとねー、喜ぶと思うよ。れーじれーじー、お客さん来てるよーピーエムの子たちが」
外村は楽屋の奥へと声を張る。
奥の方に一つ、人が固まった場所がある。鏡に向いてこちらに背を向けていた人間が、こちらを振り向き立ちあがった。
「え~、今ちょうど化粧落としちゃったところなんだけどな」
香月はそう言葉を発しても、その口はそれがどうしたとでも言いたげに自信満々の笑みを浮かべている。
実際、化粧を落としたところでその中性的な美しさは変わらない。
まだ汗の張り付いたワイシャツを着たままで、肩にかかった深い茶色の髪を掻き分けてこちらにゆっくり歩いてくる。
ライブスタッフなのか付き人なのか、香月の取り巻きはその姿を視線で追い恍惚の表情を浮かべていた。
たしかに綺麗ではあるが、なんだかその周囲だけ現実離れしているような気がして、前島は近づかれるのが少し怖くなった。
「んーと……事務所の後輩、なんだよね?ごめんね、俺覚えが悪くって」
香月の視線が木田、前島へと順番に移る。
「いやいや、こちらも何せまだまだひよっ子ですし……」
櫻井もオーラに気圧されているようで、笑顔を保ちながらも少し腰が引けている。香月はアハハと笑ったあとに、木田の方を向いた。
「ごめんね、そういうわけで名前教えてもらっていい?」
「あぁ、木田悠、です」
前島から見た木田は、どうも普段とたいして変わりが無いようでむしろ前島が驚いた。
確かに緊張した様子はある、しかしそれは慣れない相手に対していつも見せる人見知りのようなもので、決して香月のような相手に限定される態度ではない。
「木田君か、どうだった?今日」
「え?あー……全然、俺らがいつもやってるライブとは違くって……人の入り方すごいっすね」
それは褒めているのか!?と前島が疑問に思ったところで「圧巻だったってー」と外村が横から助け船を出してくれた。
「そう?まぁ今日はラストだったからね、ちょっと気合い入れちゃったかも」
自信。
その言葉をここまで体現できる男がこの世にいるものだろうか。見ているほどに大量のファンが付くのも納得のオーラだと前島は体感した。
「こんばんは……あれ、お集まりかい?」
入口の方から声がして、皆が一斉に振り向く。前島はゲッと声を出しそうになってしまった。
角北朋明、彼が今ここに入って来ようとは。
「トモさん!こっちにも顔出してくれてるんだ、嬉しいですね」
香月は心なしか自分たちに向けた笑顔より愛想のいいそれを角北に向けていた。
「いやいや、今回は僕たちが君たちの人気に乗っかった形なんだ、お礼くらい言わせてもらわないと。あれ?君たち……」
香月の肩をポンと叩いてから(香月にそんなことが出来る人間がいることに前島は驚いた)、角北はpmp一行に目を向けた。
「あっ、私たちはpink motor poolといいまして……シタタリさんとは事務所で大変お世話になっているんです。私はマネージャーの櫻井です」
「あぁ、やっぱりそうか!君たち聞くよ、若いのに渋い音楽やってるって話で。僕の周りもファンが多いんだ」
角北は屈託のない笑顔で前島、木田、櫻井と手を取り握手した。前島は愛想笑いを浮かべながら「これが大人の社交辞令か」と胸中で苦笑いを浮かべた。
「是非うちのバンドの奴らにも顔見せてってくれよ、喜ぶから!」
「えっ?」
前島はさっそく背中を押されて出口のほうに促されそうになる。
もちろんこの後行く予定ではあったが、あまりに唐突であることに戸惑ったし、まだシタタリへの挨拶をちゃんと済ませていない気持ちがある。
「そうそう、トモさん達の前座のバンドも素敵でしたね!」
香月が思い出したように手を叩いて、角北の歩が止まった。
「そうか?香月くんにそう言われちゃあいつらも喜ぶね」
「はい、ずっとツアーで一緒にいたけどみんないい子だったし……あっキヨシさんは先輩だしいい人ですね。ギターの子とかすっごい礼儀正しいんですよ。背も高いしモテるでしょ?彼」
へーぇ、なんて風で角北は少し口角を上げながら数回頷いた。
「彼は元々やんちゃだったけどねえ、なってないところはちょっと叱ったからね。でもアイツがモテるかはどうかなぁ、取っ付きにくい子だよ?」
香月は口の端をクッと伸ばした笑顔になった。
「君たちはもう行くの?」
話題は突然pmpに振られて、全員が一瞬対応が遅れた。
「そ……そうですね、あまりお邪魔してしまっては失礼なので、カルバンクラウンさんの方にも顔を出してこようかと!……行こうか」
櫻井はこの場の空気を計りかね、即刻退場することを最善とした。
「あぁ是非是非!見てっておいで。一緒に行こうよ」
「あれ?トモさんももう行っちゃうんですか?」
「俺も顔出しに来ただけだから、あとで打ち上げの時にゆっくり話そう」
……なんだこの2人の近さは。
前島は少し気にもなったが、直属の先輩にまであらぬ疑いをかけるのはやめようと思い気付かなかったことにした。
楽屋を出る際、前にいた櫻井が「お邪魔しました」と楽屋の方を向いて頭を下げるから、2人もそれに倣った。
前島は一瞬香月に目を向けた。香月はニッコリ笑ってこちらに手を振るだけだった。
前島はもう一つ気になっていることがあった。
さっきの、カルバンクラウンのキヨタカとかいう人間について、2人のやり取りはどこか取って付けたような唐突さと不自然さがある。
何かその2人のうちの、暗黙のやり取りのような。
「おーい、麗二に見とれてるキミ、置いてかれてるよー」
外村の声に前島は我に返り、慌ててもう一度会釈して後に続く列を追いかけた。最後尾にいた櫻井が表情で早く来いと急かしている。
通路を歩きながら、角北はこちらを振り返って愛想の良い笑顔を見せた。
「そうそう知ってる?うちのボーカルのジュンって子はさぁ」
「弟?」
木田が言い終わる前に即答する。櫻井は一瞬木田を睨んだ。
「あぁやっぱり知ってるかぁ、それにしてもお兄さんの方と全然雰囲気も違うだろ?」
「はは……確かに」
前島が先に相槌を打っておいた。
「そうそう、ところでそのお兄さんと木田くんって、実際どうなの?」
角北の笑みに一同すくんで、視線が木田に集まった。
木田は一息置いてから「ピーチクパーチク言ってる奴がいんだなぁ……」と頭を掻く。
「それは肯定か?まぁなに、僕の君への評価がそれで変わるわけじゃないからさ。僕にも分からないことじゃないし」
サラリとした告白に一同反応に困っている間に、カルバンクラウンの楽屋の前に着いてしまう。
「さ、どうぞ」
角北が扉を開けると同時に、前島の前には目の追いたくなるような世界が現れた。
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