アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
pink motor poolは -2-
-
二か月前まで、木田と前島はシェアルーム用の安いアパートに2人で暮らしていた。
彼ら自身がしたくてそうしていたわけではない。あくまで貧乏だからである。
事務所でもスタジオでも家でも一日中一緒にいるとお互いうんざりして、家に帰ってからのことはあまり干渉しなかった。
特に木田の神経が極度に張り詰めている時などは辛抱たまらず、仕事が終わるとそのまま外で飲み明かし、朝までやり過ごすこともしばしばあった。
木田の気性がひどく荒い日であっても、前島が夜に出歩いて帰ると必ず木田は先に床に就いていて、起きてくると落ち着いていた。
根は寂しがりやであるために、放っておかれるとしおらしくなる。木田にこちらの意図で制御できる点があるからこそ、前島は金がない中での共同生活もどうにかやってこられた。
だが定期的にその波が平時より激しくなって、誰の手にも負えなくなる時期が来る。
大学時代は前島も「木田が生理だ」とサークル仲間共々からかっていたが、これが共同生活となると笑ってもいられなくなる。
その大波が来たときは大抵酒場や、ときには櫻井の家に逃げ込むこともあった。ある程度自分の心に余裕がある時は、一晩中怒ったり泣いたり笑ったりしながら酒を飲み明かす木田に付き合った。
半年ほど前にも、お互い収入が安定してきて住む家を分ける話し合いも始めた頃、その大波が訪れた。
前島も櫻井もウンザリしながら挙動不審になる木田をなだめていたが、その時は前島にとっても予想だにしないことが起こった。
その日の晩は仕事が終わると、木田はどこかへフラフラと行ってしまった。木田には珍しくない行動だったし、それほど寒い時期でないから野たれ死ぬこともないだろうと踏んで、特に引きとめもせず前島はまっすぐ帰った。
前島が寝るまでに木田は帰ってこなかったが、朝起きると木田はすっきりした顔で自分の分だけ目玉焼きトーストを作って食べていた。一晩で安定して帰ってきたことに前島は面くらったが、木田の左腕を見て感じた違和感がそのまま言葉に出た。
「木田、腕時計どうした」
「部屋」
口をもごもごとさせながら木田は一言だけしれっと答えたので、前島もそれ以上何も言わなかった。
木田が腕時計を外すのは、惚れた相手ができた証だ。本人曰く「好きな相手より時間を見るのも失礼だから」ということだ。若くしていかめしい顔立ちをしてるにも関わらず、女々しくロマンチストな部分が多いところも、木田がからかわれやすい要因だった。
前島は木田の恋心にあまりいい思いはしなかった。大抵の人間がそうであるように、色恋沙汰が始まると木田はいつにも増して不安定になる。急に安定するというのも、もはや不安定の一種だ。
お互いの精神衛生のためにも、相手方と懇ろになれればいいもんだが。
前島はそう思いながらも、木田の方から何も話してこないので、自分から詮索するような真似はしなかった。櫻井も同様である。
しかし三ヶ月後、前島は自分がその問題に首を突っ込んでおかなかったことを痛く後悔するのであった。
* * *
「タマさんから連絡が来たんだが、今日の夜付き合えってよ」
スタジオで木田がギターを録音しているとき、待機中だった前島は櫻井にそう告げられた。
「タマさん?」
前島は聞き返しはしたが、タマさんが誰かは知っている。同じ事務所の歌手、室井健嗣のマネージャーの玉谷遼一だ。
室井とpmpの2人は年齢差こそ小さいが、19の時から事務所に入っていた室井の芸歴はpmpよりずっと長い。
ずば抜けた人気はないが一定層のファンが定着し、知名度もそこそこある。いわば「音楽を好きな若者の中では人気がある」というような位置で活動を続けている。
しかし本人は自分のファン層について深い関心はないようで、ただ聞いてもらえる人がたくさんいるのが嬉しい、でももっとたくさんの人に聞いてほしいと、至極率直な話をしていたことを、前島は記憶している。
「まぁ俺はいいけど。ヒマだし」
室井や玉谷の中に混じって飲むことは決して珍しくないが、あちらから声をかけてくる機会はそんなにない。まして、なぜマネージャーを通すのか。
今夜の誘いは少々不可解な点が多かった。
木田のギター録りが終わると、櫻井は木田の方にも話しに行った。前島は遠目にそれを見ていたが、木田は二、三度頷いてブースを出て行った。
その日に仕事が終わると、三人は櫻井の運転で帰路とは違う道を辿った。
「どこに呼ばれてんの?」
知ってるような知らないような街並みを横目に、前島は櫻井に尋ねてみる。
「ツクマイってところだ。ちょっと調べたけど、そこらの居酒屋よりいい店だな。個室もある」
いい店、と言われて、前島は懐に少々不安を覚えた。いつもならその辺の安飲み屋で飲み明かすというのに。
「俺あんまり金持ってねーぞ。なんだって今日はそんなところに呼ぶんだ」
「俺も知らん。しかも今日は俺たち5人でっていうような言い方でさ」
「ん?」
前島が不審に思った点について、櫻井も同様らしく、バックミラー越しに頷いた。
「5人じゃなくちゃダメなのか?仕事の話かなんか?」
「それだったら事務所で済む話だろ」
「だろーな。なんか変なの……」
言葉の尻を濁らせてから、前島はずっとだんまりを決めている木田の方を見た。
木田はここに来てどうも落ち着きがない。仏頂面でずっと窓の外を見ているが、拳はがっしりと握って膝の上に置き、背はシートから離れている。車ではほとんど寝ているか煙草を吸っているかだというのに。
「何をそんな姿勢正しくしてんだ」
「……別に」
言われてから木田は腕を組んで深くシートにもたれ、煙草を取り出した。
「でも、行ってみて分かれば、いいんじゃねえの」
煙草に火を付けながら少したどたどしい口調でそう言うと、木田は一服スウゥッと大きく吸い、それをゆっくりと吐き出した。
「……お前、なんか知ってない?」
「なんかってなんだよ」
「いつも嘘吐くのがへたくそなんだよオメーはよ。健嗣さんかタマさんかどっちかから何か聞いてんだろ」
「うるっせえよとにかくさっさと行かせろバカ!飛ばせ!マジで!」
「ダメダメじゃねえか」
しらばっくれることすら放棄した木田に対して櫻井が呆れたが、それ以上は3人とも何も言わなかった。
木田の言う通り、行けば話の内容は分かるのだ。
一行が着いた店は和料亭のような店構えはしていたが、黒を基調とした内装と天井までガラス張りの通路など、最近出来たような雰囲気の店だった。入り口で玉谷の名前を出すと、その通路を渡り個室に案内された。
「こんちは」
「すみませんね、突然呼び出して」
室井と玉谷、上座に座る2人がめいめいに挨拶して、3人に挨拶する。木田がぎこちなくも妙な速さで、室井の向かいに入っていった。
「いえ、いいんですが……また今日はどうして改まって?」
櫻井が木田の隣に入りながら、玉谷の挨拶に返した。
前島は向かいに座るもののいない席で少々視線のやり場に困っていたが、それ以上に木田が所在なさそうな様子で、早々に灰皿を自分のところに寄せていた。
「話したいことがあって集まってもらったんだ」
奥に座る室井が順にこちらを見渡した。木田は取り出しかけた煙草をテーブルに置き、また拳を膝の上に置いて背を正した。
「俺とギダユーが付き合い始めたこと、みんなにも言っておきたいと思って」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 19