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pink motor poolは -3-
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「………………」
すごいことを言われたことには前島も気付いた。しかしその衝撃的な告白が、勿体付ける様子もなく、普段と変わらない表情と声色で発されたことで、その言葉を受け入れる準備が間に合わなかった。
キャッチボールをしていたつもりがとんでもない剛速球が飛んできて、皆が呆然としながらボールを目で追うことしか出来ないような、そんなショックにも似た沈黙が部屋に流れていた。
「……ははははははっ!!!」
唐突に櫻井が笑い声を上げて、前島はビクッと震えながらも我に返った。木田はというと、口をキュッと結んで頭を垂れている。明らかに照れている様子であった。
「……室井さん、それは本当ですか?」
かと思えば櫻井は急に真剣な顔になって、室井の方に身を乗り出した。室井と玉谷、そして木田が小さく、櫻井の問いに頷いた。
「本当だよ、ギダユーは俺の恋人になった」
「……そうですか」
櫻井は納得したように腰を下ろしたが、前島はまだ理解が追いついていなかった。それはいつからのことだ?いつどこにこの二人が恋仲となるタイミングがあった?
「お互い自分が抱えるアーティストがアイドルというわけでもないし、誰とどうなるかなんて、特別な事情でもなければ特に何もしないのですが」
「今回はその特別な事情、ってわけですか」
玉谷と櫻井の方で話が始まり、いよいよ前島は置いてけぼりを喰らった。木田は小さく背を丸めているし、室井はきょとんとマネージャー2人の会話を聞いている。
「……そうだったの?」
前島はやっと、櫻井を挟んで向こうにいる木田に確認をするまで、理解が追いついた。木田は「そうだったんだよ」と顔を上げて、開き直ったように煙草を取り出した。
「食事の注文を全然していなかったね」
今日の話題の当事者である室井は、もう話は終わったとばかりの空気だった。
「このことをマスコミに報告するつもりは?」
「健嗣の意向もあるので、俺たちは言わないが隠さないつもりでいようかと」
「社長にもそう伝えてありますか」
「昨日話をしたんですが、反対はされませんでした。干渉はしないけどいざという時は守る、といった感じですね。あと、おめでとうと」
「タマちゃん。注文していい?」
「人数分ビール頼んでくれ」
「つまみは俺と悠で決めておいていい?」
「あ、すみませんやらせてしまって」
「焼き魚食いてーな」
「……ちょっ、ま、待って!!」
前島の声で皆静まり返った。
「こーちゃんは日本酒の方がいいか?」
「いやそこじゃなくて!なんというか、その、マスコミがどうとかも大事なんだろうけど、だから……なんで?」
また沈黙。
「こーちゃんは、俺がギダユーの告白に答えた理由が知りたいってこと?」
またキョトンと目を丸くさせて室井が尋ねる。
「あーそれもそうなんですけど、ていうか告白ってお前からかよ……じゃなくてきっかけっていうかそもそもどうしてっていうか……なんか、全部!」
「……まぁ、それも気になるところではありますね」
「ていうか何でお前はそんなに冷静なんだよ!?知らなかったの俺だけ!?」
櫻井が口を開くと即座に前島は櫻井に食ってかかった。
「落ち着けよ、声でけーよ」
「ぉっ……」
木田の言葉に、お前にだけは言われたくねーと言いかけたのを飲みこんで、前島は息を整えた。
「つまりは、木田君の方から健嗣にアプローチしたっていう話なんだろう?」
「……まぁ」
玉谷の言葉に木田は一瞬ひるんで、また背を丸めて頷いた。
「それなら健嗣を選んだ理由から話してもらうか?俺も気になってたんだ」
前島の目には、玉谷がどこか面白がっているように見えた。
木田は「ぇっ……」と小さく声をあげたあと、キョロキョロとその場の全員を見回した、特に室井を何度も。
「話せよギダユー」
木田は少し俯いた後、小さく頷いた。
「……いや、ビックリするほど波長が合ったっていうか……同じ男だけどさ……その、運命……も、もういいだろ!」
「いや、そう思ったきっかけは?」
「きっかけ!?」
なぜか玉谷がが容赦ない。前島は櫻井と顔を見合わせたが、櫻井も肩をすくめるだけだった。
室井は変わらない表情で木田を見続けているが、無表情でずっと視線を注ぐ姿は少し威圧感があった。
「きっかけ、きっかけは……半年くらい前に……」
木田は玉谷と視線を合わせては逸らし、室井と視線を合わせては逸らし、結果その視線は、テーブル中央の何もないところに落ち着いた。
「酔っぱらって事務所行って、ちょうど健嗣に会って……」
「健嗣」というその呼び方に前島は少し胸がザワッとした。前までは自分と同じようにさん付けで呼んでいたはずなのに。
その呼び名が、今ここで話されたことが事実だということを、やっと前島に実感させるに至った。
「何話したかはよく覚えてねぇけど、一晩付き合ってくれて……色々、話聞いてもらったけど、健嗣も色々話してくれて、なんか、すげぇなってなって……好きだな……って……。……あの、いいすか、これで」
木田はほとんど真下まで頭を項垂れたが、玉谷の視線はまだ厳しいものだった。
「……木田君はそれまで同性愛の経験はなかったんだよな?」
「え?まぁ……」
「何が性別の壁を乗り越えるに至ったをもう少し詳しく教えてくれると……」
「玉谷さん……木田にしてはかなり頑張ったんで、ちょっと勘弁してもらっていいですか」
身を乗り出し始めた玉谷を櫻井がなだめた。前島は玉谷についても少々の不審感を覚え始めていた。
「……健嗣さんは良かったんですか?相手が男というかコイツというか、木田で」
今度は櫻井が室井の方を向いた。
「俺も最初に告白されたときはびっくりしたし、ギダユーのことはずっと友達だって思ってたけど、そういう風に感じたことはなかったよ」
室井は無表情でこそあったが、視線はぼんやりと、夢心地のような表情をしていた。それを見て、前島はこのあとの発言に少しだけ身構えた。
「でもギダユーの言葉と姿勢からは、すごい愛が伝わってきたんだ。
本当はギダユーは友達だよって俺は断ろうと思ったんだけど、ギダユーの愛の力は大きくて、それが俺の心まで動かした。
だけれど俺の気持ちは迷ったから、少し考えさせてくれってギダユーに言ったよ。
それで俺は考えてたんだけど、ギダユーが男であっても俺の心を動かすほど愛してくれてるのはすごいことだと思って、俺もそんな風に愛し合えたらいいなと思った。
それで俺はギダユーを愛したいと思ったから、まだ迷ってるけど愛したいってことを伝えたんだよ」
……室井の言葉が終わった時、木田はこれ以上ないくらい背中を小さくしたまま壁にぴったりと体と額を付け、櫻井は顔中の筋肉をヒクヒクと痙攣させ、玉谷はまっすぐに室井を見つめながら繰り返し頷いていた。前島は途中から話を聞くまいと、必死で今日録ったベースラインを頭の中で繰り返している最中であった。
室井が心ここにあらずといった顔をするのは珍しくない。そういう時は決まって、何かが降ってきたかのように、歯が浮くなんてものじゃないポエムをつらつらと並べてくる。何がすごいって、時折それをそのまま歌にしてしまうところだ。
「こーちゃんは他にどんなことが聞きたい?」
「……もう、充分です。ありがとうございました」
前島はやっと、木田のここ数か月の変化すべてに納得した。彼の想いは、まさかまさかの成就だったのだ。
その後は櫻井が話題の中心になっていた。
pmpは下世話なメディアにくっつかれるほどの知名度は今のところないし、客足は伸びているというよりは安定している時期にある。室井のところと同じく、言わないが隠さない、そのうち公然の秘密となってもいいだろうと言うのだ。
「いくらかファンがそれで離れても、いいふるい分けだ。離れた分は曲作ってライブやって集めろ」
櫻井のまとめに、木田も前島も異議を唱えなかった。
この日からすぐあと、木田は室井の家に引っ越した。木田の事務所までの送迎も、室井とスケジュールが合えば、玉谷が進んで行った。櫻井もそれを快く受け取っていた。
かくして木田と室井は、周囲の理解も得て、交際を順調に進めたのだった。
終
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