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けたたましいアラーム音に、意識が急浮上する。慌てて飛び起きて枕元に置いてあった携帯を掴んで時間を見る。
「やっばい」
時刻は既に8時を回っていた。いつもならとっくに電車に乗っている時間なのだが、生憎、今の壮馬はあちこちに寝癖を付けた寝巻き姿のままだ。
毛布を蹴飛ばしてベッドから飛び降り、ハンガーに掛けてあるブレザーに手を伸ばそうとする、が。
「おわっ!?」
床に昨日脱ぎ散らかした自身の制服に足を滑らせ、派手に転倒する。余程大きな音が響いたのだろう、1階から母が自分を心配する声が聞こえてきた。
「…あ、今日土曜日か…」
転倒した衝撃か、覚醒した頭で今日の曜日を思い出す。
ゆっくりと立ち上がり、床に散らばった制服を拾い集め洗面所へと持っていく。洗面所には母が丁度洗濯機を回すところであり、壮馬は持っていた制服を母に預けキッチンに入ると勝手に朝食の準備を始めた。
「壮馬、冷蔵庫に昨日の夕飯の残りあるから食べて」
「朝から揚げ物はキツいわ。昼に食ってもいい?」
「じゃあ昼でいいから食べて。邪魔で仕方ないのよ」
「俺は残飯処理かよ」
苦笑して壮馬は食パンをトースターの中に放り込むと、焼き上がるまでプラスチック製のコップに水を注いでひと口含む。スウェットのポケットに入れていた携帯の電源を入れトークアプリを開いてみる。
昨日の午後3時頃でやり取りが終了している、慎吾のトークルームを開くが何の新着メッセージも来ていない。
昨日の慎吾の言葉が蘇る。夢か聞き間違いではないだろうか。別にそうでなくても、嘘だと、冗談だったと何か言ってくれれば。いつものように何の中身もないバカみたいなメッセージのやり取りをしてくれたら、あの慎吾の言葉を無かった事に出来るかもしれないのに。
逆に何も来ていないのが、昨日の出来事は夢でも何でもないと語っているようで、壮馬は重いため息を吐いた。
チンッと軽やかな音が鳴り、パンが焼けたことをトースターが知らせる。だが壮馬はそれに暫く気付かず、冷めきったトーストを食べることとなった。
※
「壮馬、ちょっといい?」
「なに?」
午後1時を少しすぎた頃。遅めの昼食をとっていた壮馬に母が話しかける。
「おばあちゃん、トイレの電球が切れちゃったみたいだから替えにいってあげてくれない?最近腰が悪いみたいだから」
「ん、分かった」
「ついでに明日の朝のパンも買ってきて」
「はいはい」
手早く昼食を済ませると、壮馬は財布と携帯を片手にラフな白いパーカーに黒いパンツ、黒いハイカットスニーカーという姿で外を出た。
壮馬の祖母が住んでいる場所は、最寄り駅から2駅程の場所だ。携帯の手帳型カバーに入れている定期券を通し、やって来た普通列車に乗り込む。
今日は土曜日で昼時だからか、いつもより電車は空いていた。イヤホンを付けてお気に入りの音楽を再生させながら電車に揺られていれば、目的の駅にすぐに着く。
それから歩いて約数十分。賑やかな駅前商店街を抜けると、古い一軒家が並ぶ閑静な住宅街に入る。もう随分と祖母の家へと遊びに行ってないなと思いながら、壮馬はインターホンを鳴らした。
「あら壮ちゃん、いらっしゃい。悪いわねぇわざわざ来てくれて」
「いいよ、気にしなくて。爺ちゃんは畑?」
「そうよ。もうすぐ帰って来ると思うけどねぇ。お父さんにも顔合わせてやってね」
「分かった。で、替えの電球ある?無いなら買ってくるけど」
自分よりも小さな祖母に迎えられ、壮馬は家の中に入る。お線香の匂いと、何だか懐かしい匂いに包まれた祖母の家は不思議と落ち着く。仏壇の前にの座布団で寛いでいた祖母達が飼っている猫が「みゃー」と鳴いて壮馬を出迎えた。
頼まれた電球を替え終え、畑から帰ってきた祖父と祖母の3人で久しぶり談笑し、畑で取れたという野菜を持って壮馬は家を後にした。
随分と長居してしまったと、壮馬は携帯のディスプレイに表示された時間を見て苦笑する。
食え食えと大量に出されたおはぎや饅頭を食べたせいで、腹も満たされ逆に苦しいぐらいだった。
そういえば、と壮馬は母から買い物を頼まれたことを思い出し、他に何か追加されてないかとトークアプリを開いた。この時、慎吾からなにかメッセージが来ていないかと壮馬は淡い期待を寄せていたのだが、残念ながら慎吾からの反応はない。
やって来た電車に乗り込み、空いている席に腰を下ろそうと移動した時だった。
「壮馬?」
「…慎吾!?」
聞きなれた声に自分の名前が呼ばれ、そちらへ振り向けば制服姿の慎吾がいた。驚いて声を上げてしまい、乗客達の視線が一気に壮馬に向けられる。それが気まずくて肩を竦めると、慎吾はクスリと笑って自分の空いている隣の席をポンポンと叩いた。
昨日の事があり若干躊躇いもあったものの、慎吾は大して気にしている様子はなく、寧ろいつも通りだと壮馬は思った。誘われるがまま彼の隣に腰を下ろし、「何で制服?」と話しかける。
「何でって、今日は部活があったからだよ」
「あ…そっか、今日土曜だから練習あるんだったよな」
「そういう壮馬は?」
「俺は婆ちゃんの手伝い」
練習があったならば、連絡が来ないのも納得出来ると壮馬は1人安心していた。
いつも通りに話しかけてくる慎吾に、壮馬は昨日の事はやはり無かった事になるのかと頭の片隅で思う。親友からの突然の告白。あまりの唐突さに、何もかもがパニックになった。そんな禄な思考も働いていない自分の些細な言葉一つで、大切な親友を傷つけるのがとても怖かったのだ。
「慎吾のクラスって古文の小テストやったか?問題覚えてたら教えてくれよ」
「お前な、それカンニングと一緒だぞ?」
「ちゃんと自分で答え考えるからカンニングじゃねーよ。ギリセーフ」
「アウトだわ」
電車内のアナウンスが目的地の駅に着いたことを知らせる。慎吾と2人席を立ち、ホームに降りる間もそんな他愛もない話をして笑い合う。
人気のない駅のホームに差し込むオレンジ色の夕日がひどく眩しかった。
「壮馬」
慎吾が自身の名を呼び、振り返る。
キラキラ、キラキラと慎吾の髪が夕日に照らされ輝いている。
ーあぁ、綺麗だ。
これじゃあ、昨日と同じ。
「昨日の事、覚えてる?」
「…覚えてる、けど。ごめん、俺、そういうのあんまわかんねぇっていうか…」
真っ直ぐに見つめてくる慎吾から視線を外し、自分の足元に視線を落とした。
無かった事になんか、出来なかったんだ。
「…俺のこと嫌いになった?」
「っ、そんなことねぇよっ!」
寂しげに目を伏せる慎吾に、壮馬は自分でも驚く程大きな声をあげた。幸い、ホームには2人の姿以外だれもいない。遠くで踏切の音が聞こえてくる。
「…ごめん、慎吾の事嫌いになんか思わねぇし、気持ち悪いとも思ってない。でも、どうしたらいいかマジで分かんないんだよ…」
「…ごめん」
どうしたらいいか、壮馬は分からなかった。慎吾の事は嫌いではない。慎吾の事は大好きだった。それは勿論、友人として。だけど、いきなり親友から自分の事が恋愛として好きだと言われば、何と答えたらいいのか分からない。もしここで、慎吾の事を傷つければ、以前のような関係に戻れないかもしれないという恐怖。
ーあぁ、そうか。
自分は、怖かったのだ。慎吾との関係が崩れるかもしれない。他愛もない話をして、バカみたいに笑って、2人で適当に時間を過ごして、そんな関係が無くなるのが怖かった。だから、昨日の出来事を無かった事にしたかったのだ。
「じゃあさ、壮馬」
「…?」
「俺とお試しで、恋人同士になってくれない?」
「は?」
そう提案してきた慎吾の言葉に、壮馬は気の抜けた声を発した。
お試しで、付き合う?自分と、慎吾が?
「お試しで俺と1回付き合ってみて、無理だったら無理だってハッキリ断ってほしい。そしたら、俺は壮馬の事を諦めていつもの親友の関係に戻る。だけど、少しでも可能性があるなら…俺はそれに賭けたい。…言っとくけどな、俺結構壮馬の事好きだからな。お前が引くぐらい好きだよ。だから、最後まで諦めたくないんだ。これを聞いて少しでも嫌だったら、今ここで俺を振ってくれ」
「いや…待てよ、何でそうなるんだよ」
「だって、壮馬はどうしたらいいか分からないんだろ?だから、少しでも嫌だと思ったら断ってくれてもいい。だけど、少しでも、ほんの少しでも別に付き合えるという気持ちがあるなら、俺にチャンスをくれ」
真っ直ぐに見つめてくる慎吾から、今度は壮馬は目が離せなかった。差し出された手を見つめる。
慎吾が告白されて、こうしてお試しで付き合ってくれと言われて、壮馬は不思議と嫌だとは1度も思ったことは無かった。それが一体何故なのか、今の壮馬には分からなかった。
「…分かった」
壮馬は小さく頷くと、差し出された慎吾の手を…いや、指先に触れた。キョトン。とする慎吾に、壮馬は赤くなった顔でボソボソと口を動かす。
「…言っとくけど、あくまでお試しだからな」
「〜!!そうまぁ!」
「うおっ!?な、何だよ!急に抱きつくな!」
余程嬉しかったのだろうか、慎吾は思い切り壮馬に抱きついた。驚いて引き剥がそうと踠く壮馬だが、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめる慎吾の力には残念ながら叶わなかった。
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