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4月中旬。壮馬達が通う高校の敷地内に植えられた桜は、未だその枝の先に沢山の花弁が開いている。去年の冬は大寒波襲来とか何とかで例年よりも格段に寒く、桜も開花するのが遅かった。
風が吹けば、桜の木が揺れて花弁がヒラヒラと落ちていき、既に散った花弁の上に着地する。地面一面まるで桜色のカーペットのようだった。
「オース壮馬」
「涼か、はよ」
一面桜色で埋められた道を歩いていると、背中を軽く叩かれる。振り返れば、制服を若干気崩した涼が手を振っていた。
「珍しいな、こんな時間に登校とか。朝練は?」
「今日はナーシ。そういう壮馬こそ、今日慎吾のやついねぇじゃん」
「アイツは今日、部活説明会の為に朝から準備あるとかで先行ってる」
「なーる」
新入生も入学し、どこの部活も新しく部員を獲得しようと校舎中にポスターを貼りまくっていたのを思い出す。慎吾が所属する空手部は他の運動部と比べると人数は少なく、今年の説明会は気合を入れると話していたのを思い出した。
「おー。やってるやってる」
正門が近づくにつれ、人が多くなっていく。そこには部活のユニフォームを着た部員達が新入生を勧誘していた。去年、怒涛の勧誘に戸惑ったことを壮馬は思い出す。普通に登校すると、いつの間にか色々なユニフォームを着た先輩達に囲まれ、あれやこれやと部活の勧誘チラシを渡され両手がいっぱいになったのはいい思い出だ。
「なぁ、あそこの人集りの中心にいんの、慎吾じゃね?」
「え?…うっわ、ホントだ。てかすげぇ人。絶対あれ新入生じゃないのも混ざってんだろ」
涼が指さす方向へと視線を向ければ、そこには真っ白な道着に身を包み、腰には真っ黒な帯をした慎吾が沢山の人に囲まれていた。その約半分が女子と言ってもいい。黄色い悲鳴があちこちで飛び交い、スマホのカメラレンズを向けられる中心で慎吾は空手部の勧誘チラシを配っている。あれはもうアイドルのようなものだ。
(あれ絶対昼には死んでるやつだな)
一年間慎吾の傍にいた壮馬は、今の慎吾の様子を見て容易く昼頃には疲れきった彼の様子が想像出来た。後で何か慎吾に差し入れてやるか。と考えていたその時だった。バチりと慎吾と目が合う。
「…っ!」
慎吾は壮馬を見つけるなり、ふわりとまるで桜の花びらが開くように微笑んだ。その微笑みが自分だけに向けられている。それが何故かどうしようもなく嬉しくて、心臓が大きく跳ねた。
「壮馬?」
「…何でもない。早く行こうぜ」
涼が不思議そうに壮馬の名を呼ぶ。壮馬は赤くなった顔を隠すように俯き、教室へと歩き出した。
周りには可愛い女の子でいっぱいだったのに、少し離れた自分だけに向けられた笑み。
ーあぁ、嬉しい。嬉しくて嬉しくて、仕方ない。
優しい春の空気を乗せた風が吹く。桜の木が葉を揺らす音を鳴らし、花弁が散る。散った桜色の花びらが宙を舞い、ゆっくりと地面に落ちていった。
※
「壮馬、今日先に帰っといてくれないか?」
「え?何で?」
2限目と3限目の間の休み時間。偶然トイレで顔を合わせた慎吾は用を足し終えた後、水道で手を洗いながらそう告げた。
「今日、放課後入部希望者に説明会開くんだ。だからいつもより少し遅くなってしまうから、待たせてしまうのも悪いからさ」
「あーなるほど。分かった」
訳を説明され納得する。クラスメイトに呼ばれた慎吾は「じゃあ」と手を軽く振ってそちらへと駆けて行った。慎吾と別れたあとすぐに涼が壮馬を見つけ声をかける。
「壮馬〜、次科学移動だってよ」
「は?マジかよ。移動ってことは実験室だよな」
「らしい。ったく、移動なら先に言っとけってな」
「ホントそれ。つーか、急がなきゃやばくね?」
「ダッシュだダッシュ!!」
携帯のディスプレイに表示された時刻を見て、2人は「やべぇ!」を連呼しながら廊下を駆け抜ける。丁度2人が走っている所を見かけた教師が怒鳴り声をあげ、廊下にいた生徒達は何事だと一斉にそちらを見、クスクスと笑いながらまた歩を進める。慎吾も怒鳴り声が聞こえ壮馬達の方へと振り返る。
「また涼が怒られてるのか」
「涼とあとー、慎吾と仲良い子じゃね?」
「そういえば、涼と立花クン?よく一緒にいるの見かけるわ」
傍にいたクラスメイト達が口々にそう言うのを耳にしながら、慎吾は壮馬の姿が見えなくなるまでじっとそちらへと視線を向ける。
「慎吾ぉ、どうした?」
「や。何でもないよ」
一人が慎吾の顔を覗き込むが、何でもないように小さく笑って見せ歩き出す。
じわり、じわりと。慎吾の中で何かがゆっくりと迫って来ているような感覚がした。だがそれを知るものは、当の本人以外誰もいない。
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