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漸く仕事が終わったのは深夜2時
急いで千裕の部屋に向かった
約束の時間はとうに過ぎていた
ホント、俺らしくもない
俺は千裕に指一本触れなかった
デビューの日、俺達は特別な日を過ごす約束をしていたから
それほど俺の中で大切な存在になっていた
簡単に汚してはいけない、俺にとっては天使のような人
「寝たのかな」
電話をかけても出ない
もし寝ていたら何度もかけるのは可哀想
今夜は家に帰って明日会いに行こうと思った矢先、メールが送られて来た
「千裕かな?」
持っていた携帯を見つめ、メールを見た瞬間体が凍り付いた
「千裕!」
確かに俺達にはライバルが多い
反感も買うし妬みもある
そんなそんな奴らを蹴落として来たのも事実
だからと言って・・・
息が切れるまで走り続け、千裕のアパートまでやって来た
もしここがマンションなら誰も中へ入る事も出来なかっただろうに
そんな訳の分からない事を考えながらドアを開けた
「千裕!」
「・・・・・・・・楓」
俺の輝いていた宝物
とても大切にしていた宝物を粉々に壊された気分だった
床に人形のように横たわる千裕
髪は乱れ、しなやかな腕は潰され体は散々弄ばれた跡が残っていた
俺は声が出ないまま、上着をかけ抱きしめた
「大丈夫・・・ごめんね、ごめん」
「ううっ・・・っ・・・楓だと思った・・・だからドアを」
「もう話さなくてもいい」
「僕は・・・僕は・・・ああっーーーーー!」
錯乱する千裕を抱きしめるしかなかった
落ち着くまでただ抱きしめるしか
大切な宝物を汚された
俺は許せるのか?
その時初めて愛すると言う疑問を自分に投げかけた
汚れてしまった千裕
俺は今どんな顔で千裕を見つめているんだろう
全てに絶望した顔?
きっとそうだね
俺の一番大切な物は何?
デビュー?
仲間?
千裕?
頭の中が考える容量を超えそうだった
二人で楽し気に語り合った未来も消え去った
痣だらけの体を抱き締め、呆然とするしかなかった
「病院へ行こう」
「嫌・・・ねぇ・・・僕の右腕、どうなってるの?感覚が無いんだ」
「心配しないで」
「どうしてこんなに遅かったの?僕・・・ずっと・・・」
この腕でドラムはもう叩けない
そう直観した
じゃどうするの?
千裕をこのまま捨てるの?壊れたおもちゃのように
「動かないんだ・・・楓・・・」
「ゆっくり治せばいい」
「治らないよ・・・心も腕も・・・治らない、痛い・・・痛いよ」
心の底から絶望した声で泣いていた
俺には何が出来るのだろう
大丈夫とか元気だしてとかそんな安っぽい言葉は通用しない
俺が時間さえ守っていればこんな事にはならなかったはず
メールが送られて来た時間は30分前
でももっと前から千裕はこいつらに・・・
「千裕はどうしたいの?」
「・・・・・・・死にたい」
死にたい
今まで何度も考えた事はある
でもそれは考えただけで実行するには勇気が無かった
「死にたいの?」
「死にたい・・・僕を殺して、お願い」
どうしてその時、明るい未来を話せなかったのだろう
少しでも希望のある話をしていたら未来は違っていたかも知れないのに
「千裕を殺す事なんて出来るわけないでしょ?」
「お願い・・・もう生きるのが辛い」
「千裕」
千裕の言葉は多分本気で、その時の俺はもう考える事を止めてしまっていた
「わかった、でもね」
「・・・・・・・・・・」
「痛いだろうけど、体を綺麗にしよう・・・そんな姿で死ぬのは嫌でしょ?」
「・・・・うん」
俺は無抵抗の千裕をお風呂に入れて体を洗った
白いはずの泡が血と混ざりあって皮肉にも綺麗なピンク色になって流れ落ちた
その後、綺麗な服を着せて優しく抱きしめた
「俺には千裕を殺す事は出来ないけど、一緒に死ぬ事なら出来る」
「えっ?」
そして愛と言う言葉の意味を知った
俺は愛の為に死ねると思ったから
「千裕が辛いなら一緒に逝く、それでいい?」
「楓」
「きっと二人なら怖くない、そうでしょ?」
「そうだね・・・ありがとう楓」
「悔いはないよ、俺にとって千裕が消えてしまうのが一番辛い」
「うん」
安っぽいラブストーリーのセリフみたいだなと思いながら少しだけ微笑んだ
千裕はしばらく考えた後、俺を見つめた
あの真っ直ぐな黒い瞳で、光を失った瞳で
「僕もすぐ後を追いかける、すぐに」
「うん」
飛び降りるには低い場所
外に出る事も出来ない
だから千裕の提案に乗った
怪しく光るナイフ
恐怖は無かった
それで千裕が楽になるのならそれでいい
「楓」
「愛してるよ、これからも」
「僕も愛してる」
そして俺の首筋をナイフが滑り落ちた
首筋を伝い流れ落ちる赤い血
俺は遠退いて行く意識の中、幸せを感じていた
そして目覚めたのは病院
俺は死んではいなかった
横には心配そうに見つめる葵がいた
混濁した意識の中、葵に尋ねた
「千裕は?」
「楓っ!よかった・・・」
「千裕は?」
その問いかけに目を伏せたまま低い声で言った
「死んだよ」
「嘘、どうして!」
「あいつ、救急車を呼んだ後自分の首を」
「意味が分からない、どうして・・・だって」
「お前の傷は致命傷にはならない場所だったらしい、でも千裕は」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんな事があるはずない!だって・・・」
「遺書みたいなのがあってさ」
「・・・・・・・・・」
「楓は殺せない、愛しているからって」
「それだけ?」
「・・・・・・・・・・」
「それだけ?」
「傷を見る度に僕を思い出してって・・・それから」
「それから?」
「愛しているけど・・・許せなかった」
「そう・・・当たり前だよね、俺のせいで千裕は・・・むしろ憎んでくれた方が楽になる」
「楓、そんな風に考えるな」
「・・・・・ふざけるな・・・愛しているなら殺せばいい・・・愛しているなら」
「楓、俺はお前が死ななくて嬉しいよ」
「・・・・・・・・・・・」
「お願いだからこれ以上悲しみを増やさないでくれ、頼む」
俺の横で泣いている葵を見つめ、拳を握りしめた
じゃ、俺はこれからどうすればいいの?
愛する人も失った、未来も失った
俺の心はその時から千裕に捕らわれたまま壊れてしまったんだ
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