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さっきまで遠くに見えた三日月が今は大きく弧を描く
もう少し月に近付きたくて庭に出た
「だよな・・・」
屋上ではなく地面に降りたら月は遠くなるのに
近付こうとしてこんな失敗を何度繰り返して来たんだろう
久しぶりに声が聞きたくて深夜に部屋抜け出した
携帯を握りしめ、じっと見つめる画面
何度もかけようとして指を止めるの繰り返し
「おわっ!」
突然かかって来た電話に驚き、慌てて出た
「葵、久しぶり」
「イオ」
「何となく声が聞きたいなって」
「俺も」
「学園生活はどう?」
「ごめん、俺」
「仕方ないよ、葵は楓を選んだそれだけの事」
「あのさ、俺達」
「俺、ホームで言ったよね?離れたくないって」
「そうだな」
「でも葵は話をはぐらかして俺に背を向けた」
「ごめん、確かにそうだ」
「理由を聞いても何も教えてくれないまま電車に乗った葵、俺はホームで一人きり、涙も出なかった」
「ごめん」
「元気ならそれでいいんだ、俺はこっちで楽しくやってるから」
「そうか」
「恋人もね・・・恋人も出来たし」
「・・・・・・うん」
「それを報告したかったから電話した」
「イオ」
「何?」
「幸せか?」
「当たり前でしょ?」
「じゃ、安心だ」
「ちゃんと生活してるよ・・・安心して」
「よかった」
電話を切られたくない
ずっとこのまま話がしたい
でも、言葉が見つからない
「今度会うのは練習の時だね」
「そうだな」
「じゃ、話はそれだけ」
「うん」
「バイバイ」
「おやすみ」
先に切れた携帯を握りしめ、ベンチに腰かけた
悪いのは俺
楓を助けたい一心で大切なイオと離れた
イオは絶対俺が頼んでもこの学園には来ないだろう
ほどこしを受けるほど落ちぶれてはいないと言ってたしな
イオは中学の時、事後で両親を亡くした
その後、親戚の家で生活をしていたけどやはり居心地が悪かったのだろう
毎晩、遊び歩いてフラフラ街をさまよっていた
そんなイオに声をかけたのは俺
イオがバンドを抜けたと聞いたからどうしてもメンバーに入って欲しかった
楓に憧れていたからすぐにメンバーになってくれた
でも、夜遊び癖は相変わらずで、生活も荒れていた
イオは千裕がいた頃の初期メンバー
千裕を可愛がっていたし、デビューが決まってからは結構真面目な生活を始めていた
でも、そんな生活も続かなかった
千裕が死んでデビューも消えた日からまたすさんでいった
俺も暗闇の中、迷走するしかなかった
もうどうなってもいいと思うようになっていた
そんなある日、俺は昔の仲間と朝まで騒ぎ路地裏を歩いていた
「3千円でいいんだな?」
「いいよ、でもここでね」
「わかった」
ウェーブのかかった長い髪
細い手首に巻かれた安っぽいブレス
「何をしているんだ?」
「何って、春を売っているんだよ」
「たった3千円でか?」
「悪い?」
「来い」
「痛いっ!離して」
「3万でお前を買う、ただし今日一日付き合え」
「そう言う事なら大歓迎、前払いね」
「ああ」
細い手首には無数の傷跡
それを隠すかのようなブレス
差し出された手の平に金を置いた
「どこでする?ホテルなら安い所を知ってるけど」
「黙れ」
「怖いな」
何だかわからないけど悲しくて悔しかった
千裕と楓が悪いわけじゃない
でも、イオをこんな風に変えたのはあの二人だった
「買い物に行くぞ」
「買い物?」
「来い」
「わかった」
こいつは今どこで暮らしているんだ?
服も汚れていた
俺はイオの好きそうな服を選び紙袋を渡した
「何?」
「着替えろ」
「えっ?」
「着替えたら食事だ」
「わかった」
少しだけ嬉しそうなイオ
でもこの笑顔は俺が買った笑顔に過ぎない
「その前に、美容院だな」
「えっ?」
「お前には長すぎるだろ?それに明るいブラウンの方が似合う」
「・・・・・・・・・」
「行くぞ」
イオがカットしている間に綺麗な銀細工のブレスを買った
イオにはあんな安っぽいブレスは似合わない
2時間程時間を潰して美容院へ向かった
「葵」
やはりイオは醜いアヒルだった
今は白鳥のように輝いていた
長く伸びた痛んだ髪を肩まで切り、黒髪は明るい太陽の色になっていた
「すごく似合うよ」
「何だか首が寒い」
「行こう」
「今度はどこへ?」
「水族館」
「デートみたい」
「嫌なのか?」
「俺は買われた身だよ?」
「・・・・・そうだな」
見掛けだけ綺麗にしても心までは変えられない
明日は?
明後日は?
同じような生活に戻るのか?
水族館に向かい、次のプランを考えていた
イオはどこに行きたい?
何がしたい?
「綺麗だね、海の中にいるみたい」
「だな」
「このままこの綺麗な世界に住めたらいいのに・・・」
「お前、今はどこに?」
「親戚の家は飛び出した」
「うん」
「居心地が悪くてね、親の保険金目当てだったらしいけどお金が無い事を知ってからの俺は疫病神」
「家は?」
「無いね」
「仕事は?」
「朝見たでしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
あれがイオの仕事?
ふざけるな
「夢はもう捨てたのか?」
「捨てるしか無いでしょ?」
「どうして?」
「どうしてって・・・生きる為にはお金がいるんだよ」
「そうだな」
「売れないバンドで自腹を切ってチケなんか買えない」
「あのさ」
「何?」
「俺は諦めていないんだ」
「何を?」
「バンド」
「楓はもうだめだよ」
「そんな事は無い、イオ・・・時間をくれないか?」
「時間?」
「必ず楓とお前でバンドを組む、その時間だ」
「無理」
「どうして?」
「話を聞いていなかった?その時間はお金になるの?」
「イオ」
「それともファミレスでバイトでもしろと言うの?」
「それは」
「俺は自殺した千裕がいたバンドメンバーでバイトなんて見つからない・・・疫病神が今は死神なんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「ギターも売り払ったしね、一週間も生活出来なかったけど」
「素直に答えてくれ」
「何を?」
「お前はバンドをもう一度組みたいか?生活とか考えず素直に答えて」
「・・・・・・・・・・・」
「イオ」
「好きな事で生活できるなんて最高だね」
「わかった」
俺の気持ちは決まった
楓の事も考えなければいけないけど今はイオだ
「葵?」
「お腹空いたな」
「うん」
「水族館で魚でも食べるか」
「残酷」
二人で海に向かい、夕陽を見ながら食事をした
お腹が空いていたのか、イオの食欲に驚きながら微笑んだ
「夕陽が沈んで夜が来る、地球の裏側は朝になって一日が始まる」
「そうだな」
「夕陽を見ていると全てに絶望する」
「イオ」
「茜色に染まった空は闇をまとい、不安だけを連れて来る」
「さすがギタリストだな」
「こんな誰でも考えるような言葉に感動なんかないよ」
「俺は感動したけど」
「・・・・・・・・・・」
イオと居られる時間はあと数時間
「で、最後はホテルでいい?」
「そうだな」
「街に戻る?」
「いや、あそこにしよう」
海沿いのホテルを見つめ、席を立った
「綺麗なホテルだね、すごく高そう」
「スイートを」
「本気?」
「せっかくだしな」
「・・・・・・・・・・」
部屋からの景色はとても綺麗だった
イオはずっと海を見つめていた
その時、何を考えていたのかはわからない
昔の仲間に買われた事を悔やんでいたのかも知れないな
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