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この瞬間だけは全て忘れられる
そう思っていたのにね
ほんの僅かな期待がどんどん薄れて行く
待っていても無駄だと言う事
「楓」
「・・・・・・・」
この中に繭がいない
小さな体で応援してくれていた繭がいない
無くして気付く事もあるとは聞いたけど、ホントにそうだね
あと3曲で終わってしまう
俺はもう学園には帰れないと言う事かな
繭の為に作った曲は永遠に演奏する事は無さそうだ
アンコールも終わりこれが本当の終わり
客席を見つめながらため息をつく事も出来ない
「楓、見えるか?」
「・・・・・・・・・」
開いた扉から必死に近付いて来る姿
「冴、もう一曲・・・お願い」
「曲は?」
人混みをかきわけて最前列までやって来た小さな天使
もう千裕と間違える事は無い
小さな天使は息を切らしながら俺を見つめていた
マイクに近付き、繭を見つめた
「最後の曲は、君は天使」
そう
これは繭の曲
途中で作るのを止めたあの曲だった
ー5時間前ー
「お前なぁ・・・言ってる事がめちゃくちゃだろ?」
「今そう思った」
「仕事を終わらせてからって無理があり過ぎだっての!」
「和海に嫌味は言われたくない」
「いいから着替えろ」
「・・・・・・・」
「これを着ろ」
「うん」
「この借りは大きいからな!」
「ビルあげる」
「いらないし!久しぶりに頭を使ったから来週糖分な!」
「うん」
生徒会の仕事を翔と済ませ急いで着替えた
あの日、僕は翔に言った
初めて許す人が現れたと
翔は笑いながら頷いていた
でも、仕事がまだ残っていたので全て終わらせていたらこんな時間になった
間に合わないかも知れない
間に合わなかったら僕は一生後悔する
「ヘリポートへ急げ」
「うん」
思い切り走り、ヘリに乗り込んだ
「お前が頑固なのはわかってたけど、ライブはもう始まってるぞ」
「・・・・・・・」
「でもまぁ、初めて誰かを許すわけだし」
「・・・・・・・・・」
「どうした?元気がないな」
「グッズが買えない」
「あのなぁ・・・」
どこまでこの山は続くんだろう
楓のいる都会はまだ見えて来ない
「7時か・・・やばいな」
都会の灯りが見えて来た
ここに楓がいる
「ここで降りて後は車で移動しよう」
「うん」
待っていた車に乗り、翔を見つめた
「何?」
「髪」
「今?」
「今」
「だったらヘリの中で言えっての!」
「早く」
翔にスタイリングをしてもらい鏡を見た
「もう間違えないさ」
「うん」
会場に到着したのは8時
くしゃくしゃになったチケットを渡しまた走った
「終わったかもな」
「行く」
「結果は自分の目で確かめたいわけね、よし手を離すなよ」
「うん」
会場の中をかきわけて前に進んだ
足を踏まれたり肘が顔に当たったりしたけど今は進むしかない
そして、最前列に辿り着いた瞬間
楓が笑った
「間に合ったな」
「うん」
僕はこの曲を知っている
あの時の曲
最後まで作っていたんだ
あのまま止めてしまったのかと思っていたのに
「これって繭の曲だよな?」
「どうして?」
「だって・・・歌詞が」
「歌詞?」
「天使のくせにパンをほおばるやつはお前しかいないだろ?」
「・・・・・・・・・」
僕は楓を観るのに必死で歌詞なんて気にしていなかった
あっという間に時間は流れて行った
「繭、いつまで背伸びをしてるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「会いに行けよ」
「花を買う暇が無かった」
「花より繭を待ってるんじゃないのか?」
「でも」
誰もいなくなった客席で悩んでいた
さっきの熱気も今は冷めた空間
「お客様、ライブは終わりましたので速やかにお帰り下さい」
「俺は退散するかな」
「翔?」
「じゃな!」
本当に翔が行ってしまった
「お客様」
「彼は客じゃないよ」
「楓」
そう言ってステージの上から僕を見つめていた
翔は楓に気付いていたんだ
だから・・・
「繭、おいで」
「・・・・・・・・・」
僕は冷たい柵を握りしめ、楓を見つめた
「僕は」
「言葉ではなく違うもので俺に伝えて」
違う物
言葉ではなく
握りしめていた柵から手を離し、ステージに向かった
「手を」
差し出された手を握ると、そのままステージ上に僕を持ち上げ抱きしめられた
「来てくれてありがとう」
「僕は・・・楓がいないと寂しい」
「俺も」
「許さないつもりだった、でも・・・楓が僕に暗号を」
「難しかった」
「ごめんなさいだったら許さなかった」
「うん」
「あの言葉は信じてもいいの?」
「いいよ、指切りしようか」
「楓っ!」
楓が残した紙切れに書かれた文字
それはたった二文字だった
ー俺もー
たった二文字の言葉で僕は泣いたんだ
ずっと朝まで泣いていたんだ
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