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シンプル
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とぼとぼと向かう昇降口までの道のりは重く遠いもので、下を向いたまま歩いていると誰かにぶつかった。
「……!あ!ご、ごめんなさ……先輩」
「前方不注意ですよ?危ないので前を見て歩きましょうね」
ぶつかった相手は先輩で、怒るどころかとても優しい笑顔を向けてくれていた。それがじんわりと胸に染みてきてまた下を向いてしまったら、雑に頭を撫でられた。
「あはは、悪いと思っているなら明日の昼休みに缶コーヒーとプリンを貢物に献上しに来てください。それでチャラにしましょう」
先輩の優しさが大きくて深くて、どうしていいのかわからなかったから制服のブレザーで目元を擦って何度も頷くと、制服が汚れちゃうからと先輩は自分のパーカーの裾を伸ばしてゴシゴシ拭いてくれた。痛かったけれど、嬉しくて嬉しくて感謝した。
「ずっと考えていたんですけどね」
「?」
「シンプルという言葉の深さについてです。僕らが日頃使う言葉は絵所くんが言うように簡単で、単純で、簡潔といった意味合いなわけですね。それはつまり、機能的な美しさとしての表現なことがいけないってことであってますか?」
「え、えっと、機能的……?」
「そうです、機能という本質がこの形態のうちに完全に表現されることに使うからいけないわけですよね?そうすれば、シンプルな美しさは、倫理によっても支えられていることになるわけです」
「あ、えっと先輩、言ってることがよくわからな…」
「つまり、ムダがないことは、美しいと同時に正しいこととしてあるわけで」
「先輩!先輩先輩!もっと、もっと簡単な言葉でお願いします!」
「え?あ、えっと……ジーパンにTシャツ1枚というシンプルなコーディネートは、その飾らないところが正しい。それでも、一方で美しいものには精妙さが求められる。つまり簡潔ではあっても単純であってはならず、むしろ単純なようでじつは複雑というのが理想なのだと僕はおもったのです」
「……あ」
そうか、使い方と捉え方の違いなだけかもしれない。
シンプルで美しいことに精妙さが必要で、単純であったらそれはもう無駄が沢山生まれてしまっていて、実は複雑な中にある僕の絵は……シンプルなのかもしれない。
「扇田くんの好みと僕の好みが違っただけですね。彼は色で埋め尽くされたような絵が好きですから。僕はすっとした世界観の中に詰め込まれた一瞬の息吹のような絵所くんタイプの絵が好きですよ」
「先輩……」
「はい?」
「価値観変わりました、ありがとうございました。明日の昼休みは教室でいいですか」
にっこりと、とても優しい笑顔を浮かべる先輩はシンプルな人だとこのとき思った。
すっきりしたように見えて、その筋道を見せるまでにきっと何十通りの道を考えている人なんだと。
先輩は本当に賢い人で、優しい人で、きっと複雑な人。
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