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ジングルベルは雪と共に
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ちらちら、しんしん。
窓に直接触れた指先が赤く色づく。
ひんやりと冷たいガラスは、室内と外気の温度差で端から段々とくもって来ていて、息を吐くたびに白く丸い跡が浮かぶ。
今年の冬はホワイトクリスマスになりました。
去年は雪のゆの字もなかったのに、驚くくらい突然に朝方から空から雪がちらついています。
ずっと窓にへばりついて、舞うように降りてくるそれを眺めて長いこと離れない俺の背後に先輩が静かに立ったのを感じた。
「これ積もりますかね」
「どうですかね……というか外真っ暗じゃないですか?雪見えてます?……ああ、なるほど外灯……うーん、霙っぽいから今の状態だと積もらないでしょうね」
後ろから顔を出して空を見上げるよう覗き込む先輩はロマンチックの欠片もなく冷静な返事をくれた。天文部で星が好きなのに、もう少し夢見ましょうよ。星が見えないから曇り空は天敵ですか?
俺はそんなガッカリとした気持ちが露骨に表情に出てしまって、どうして粉雪じゃないんだろうと恨めしく淀んだ空を睨みつけた。
「そっかー、雪だるまとか作りたいなぁ……」
「ふふ、どこに作ってどこに置くんですか?」
俺の顔を一瞬見て少し視線を伏せて笑う先輩の方を見ると、はい。と優しい笑顔でマグカップを渡された。いつものロイヤルミルクティーだ。
お礼を言うと、どういたしましてと返事をしてくれる。そんなことが当たり前になっていた。
指先が冷え切っていたせいでマグカップがいつもより熱く感じて、とっさに服の袖を伸ばして取っ手をくるむ。それを先輩は珍しそうに見ていたが、俺にしてみたらそれを気にしてる場合じゃない。
「んーっと、ベランダで一緒に同居して貰います」
熱く感じるのは指先だけで、舌先はいつも通りだったのでふーっと一息かけただけで口に含めることが出来た。熱が喉を通っていく感覚に満足して、その熱を感じさせない場所を連想したらベランダ一択だった。
しかし、その言い方が面白かったらしく、先輩はそれなら楽しく3人で暮らせますね。と笑っていたけれど、これは多分に俺を阿呆の子扱いしているんだと思う。
先輩は優しい。優しすぎるが故に、貶して来たり悪口や愚痴を言ったりしない。その代わりにこうして満面過ぎる笑顔で優しく諭してくるのだ。
段々慣れてくると、これが先輩流の貶しなんじゃないかと思えている今日この頃。
「先輩、明日はどこかに出かけますか?」
「昼間少し出かけようと思っていましたけど、雪が酷くなったらやめますね……明日って、何かありましたっけ?」
「あ、いや。彼女さんとか、友人の方とパーティとかあったら……と思いまして」
「……?」
この反応、まさか。
「先輩?今日クリスマスって知ってますよね?」
「今日でしたっけ」
やっぱり。
「正確にはイブで明日がクリスマスですけど……予定とか大丈夫ですか?約束とか……」
「約束はこれといってありませんけど、明日の夜は寮全体でパーティになりますよ。むしろ絵所くんは大丈夫ですか?夜は出掛けられませんよ」
俺はここでクリスマスを過ごすのが初めてなので知らなかった。どうやらクリスマスの日は普段男女で厳しく制限されている寮にどちらも自由に出入り出来る様になるらしい。
「俺は特にないので大丈夫ですけど……ってことは、明日の夕飯はそんな感じなんですね」
「そうですね。不参加自体が不可能で逃れられませんから」
先輩の眉の下がった困ったさんな表情から察するに、とてもすごいことになるであろうことが容易に想像できて、少しだけ右の口角が引きあがってしまった。
明日の夜って、どうなるんだろう。そんなことを思いながら窓へと再び視線をやると、先輩も俺につられて窓の外へと視線を移していたのが面白くてチラ見すると、先輩は何だか切なそうな顔で見つめていた。
しんしん、ちらちら。
積もっていく、積もっていかない。
今宵はどうやら地底に溶けて染み込んでいくらしい。
俺の疑問もミルクティの温かさと一緒に染み込んで消えていった。
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