アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
ジングルベルは雪と共に
-
来る夕方。
勉強なんて全く捗らなかった。目の前に置いた包みとずっと睨めっこしていたのだ。
コンコン、不意になったノックの音に身がはねた。わざと大きな声で返事をして慌てて引き出しに包みを隠すと、先輩は声の調子を感じ取ってか部屋に入ってくることはなく扉の向こうでそろそろ行きませんか。と声を掛けてくれた。
すぐに部屋から出ると、特に着飾ることもしないいつもの愛用パーカー姿の先輩がいた。ネルシャツとセーターに裾の折り返しがお洒落なチノパンでちょっとお洒落をした自分が少しだけ浮ついているように感じれて何となく気恥ずかしくなって俯くと、頭上から視線を感じた。
「……先輩?」
「相変わらずお洒落さんですね、僕も少しは気にしないといけなかったと反省しています」
恐る恐る見上げた先の先輩は顎に手を添えて真剣に俺のファッションチェックをしていたのだ。
ますます気恥ずかしくなった俺は、未だぶつぶつと何か言っている先輩を反転させて、無理やりに早く出ようと背中を押した。
見違えるほどに賑わう会場と変貌している寮内はすでに男女が入り乱れて大騒ぎ状態だった。
パーティメニューらしい定番のからあげやポテトなどの軽食からポテトチップスやポッキーなどのお菓子、ジュース、そして何が不思議って、普通に大きな鍋にカレーがあって炊飯器も大量に並んでいること。まあ、男子としてはありがたいです。
「あ、お揃いで~」
二人で食べたいものを取って夕飯は完全にこれで済ませようという勢いで食べ物を物色していると背後から聞き覚えのある声がした。扇田先輩だ。
「今晩は」
前の一件があるので礼儀正しくお辞儀を含めて挨拶すると、同じように丁寧にお辞儀を返してくれた。こういうところは先輩含めてつくづく不思議な人だと密かに思う。
「哲くん、みっちゃんが呼んでたよ。ってことで探しに来ました~」
「はて、何の用でしょう。絵所くん、すみませんが呼ばれているらしいので少し行ってきますね」
「あ、はい」
まだ口の中で大きいからあげをごくりと飲み込んだ。みっちゃんって……やっぱり彼女いるんじゃないですか。隠すことないのに……。
去りゆくふたりの背中を見つめてお皿の上の一番大きなからあげを口に含んで無心で咀嚼する。
咀嚼、咀嚼、咀嚼。
「あ、よしくんいたいたー」
どうして内緒にするんだろう。別に教えてくれたっていいじゃないか。
「よしくーん?」
そんなに言いたくないかな、別に紹介してくださいっていってるわけじゃないのに。
「おーい?よ、し、くーん!」
「うわああああ!……なんだ阿野か……」
「何だってなにーずっと呼んでたよ」
耳元で大声を出されて悲鳴を上げると一気に視線を浴びたので阿野を睨みつけると、阿野は悪くないとばかりに肩を竦めていた。ビックリして大きな塊をまた飲み込んじゃったじゃないか。
「よしくんこんなに食べるの?」
「食べないよっ」
「なに怒ってるの?俺食べてもいい?」
「むしろ食べてっ」
変なよしくん。と言いつつも、これといって気にする様子も見せずに先輩が自分の分と取り分けて残していったお皿の上のものを頬張っている。
暫く一緒に無言で一心不乱に食物を胃袋に放り込んでいると、可愛くお洒落した女子の2人組が近付いてきた。
「阿野君と絵所君、沢山食べるんだね」
可愛い表情で見上げる仕草が華奢な女の子そのもので、一瞬にして合コンみたいな雰囲気に変貌した。そうなると面白いもので、すっと寄ってくる男女。普段関わったこともないような人もみんながみんな馴れ馴れしくしてくる。
そっと遠目でそれを眺めていたら、ふわふわな髪の女の子が側に寄ってきた。
「絵所君、阿野君によしくんって呼ばれてるよね?私も呼んでもいいかなぁ?」
「……え、あ、どうぞ」
「やったー、よしくん連絡先とか教えてくれない?」
「……え、あー「それはダメー」
「阿野君には聞いてないー!」
「今ー俺はー、よしくんの心を代弁してあげたんですぅー」
俺と女子の間に割り込んできてくれた阿野がその子を輪の中に自然と連行してくれて、俺はまた傍目にそれを眺めるとふと背後に影が出来てそちらに視線をやると人差し指を口にあてた先輩がしー、と言った後に俺だけに聞こえる様に小声で呟いた。
「絵所くん、戻りましょう」
「先輩……?」
急に連れて帰られた事に驚いたのもあるけれど、帰るなりソファに腰かけて、ふう。と短い溜め息をつく様子に少し心配になったので覗き込んで顔色を窺うと、先輩はポンポンとソファを叩いて隣りに座るように促してきたので素直に従うことにした。
「どうしたんですか、体調悪くなっちゃいましたか?」
「もうそろそろいいかなとも思っていたのですが、これ。メリークリスマス」
「……え。あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
それは本当にサプライズすぎて、一瞬なんのことかわからなかった。
いつの間に置いていたのか、テーブルの上に置いてあった俺の肩幅くらいはある大きなプレゼントをくれた。両手いっぱいになるそのプレゼントは重さはこれといってないのに、なんだかずっしりと重量感を感じて、気持ちがいっぱいになってしまって暫く眺めていたけれど、にっこりと微笑んで俺をずっと見ている先輩に申し訳なくなって慌てて包みを開ける。
「え、え、え!これ!あ、ええええええ」
そこには箱が入っていて。
箱の中には、以前先輩に連れて行って貰ったお店の靴が入っていた。俺がずっと見ていた、先輩と色違いのあのかっこいい靴だ。
箱をそっと置いて、靴を両手にとって穴が開いてしまうんじゃないかってくらい角度を変えて見つめた。
「もう買っちゃいました?」
「いえ!全然!あの!嬉しいです!」
結構値段もするはずだし、何より同じ型の靴を俺が履いていいのかな。サイズもちゃんと俺のサイズ調べて買いに行ってくれたんだ。そんなことを思っていただけに、眉を下げた先輩に首を盛大に横に振って返事をして、誰に取られるわけでもないのに俺は靴を胸に抱きかかえた。
「あ!あああ!ちょっと、ちょっと待っててください!」
俺は急に立ち上がって靴を抱きかかえたまま自分の部屋に飛び込んで、引き出しに押し込んだままの包みを引っ掴んですぐさま戻ると、さっきまで座っていたはずの先輩がソファにいない。
肩で息をして動揺しているとキッチンから声が聞こえた。
「ちょっと座って待っててくださいね」
呑気な先輩の声色に一気に気が抜けてしまって、へたり込むようにソファに腰を沈めた。
暫くしてマグを二つ持って戻ってきた先輩はその様子を不思議そうに見つつもテーブルに俺の分のマグを置いた。
「あれ、もしかして絵所くんもプレゼント用意してくれていたのですか?」
「あ!はい!あの……いつもありがとうございます」
「ありがとうございます、ふふ、お礼を言わなくてはいけないのは僕の方かと思いますが……あ」
店員さんが素敵にラッピングしてくれていて、そのリボンをするりと解いて中から取り出したものが青と紺のグラデーションが綺麗な手袋だとわかると、先輩は嬉しそうにそれをすぐに手にはめてくれた。
「うん、お洒落だし温かい」
嬉しそうな表情を見る限りではどうやら気に入って貰えたようで安心して胸を撫で下ろすと、先輩は上機嫌に似合いますか?と両手を俺に見せつけてハイタッチを求めてきた。
先ほどまでのニコニコと、今のニコニコが大分違うのでそのギャップに一瞬驚いて固まっていると、ん?と不思議そうな顔をされてしまったのでご機嫌よく並んでいる先輩の両手に自分の両手を合わせるとぽふりと温かった。
俺の両足にお行儀よく並んだ靴、先輩の両手をぴったり包む手袋。
欲しいと言ったわけでもないし、交換しようとかプレゼントの話が出たわけでもない。むしろ先輩はクリスマス自体を忘れていたのだから、それを思うと何倍も嬉しくて、何倍も大切にしようと思えた。
しんしん、ちらちら。
段々と温まってきた部屋と、ほこほこ温かい心。
外はまた雪が降り始めていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
22 / 65