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社会勉強と嘘
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部活を休んだ哲さんと夕食後に借りて来た映画DVDをまったりと観ていたら、珍しい訪問者が俺たちの部屋に訪れた。
俺が所属する美術部の部長、哲さんと今年も同じクラスになった先輩だ。
「どうかしました?」
「いいの手に入ったぞ!みんなで見るから星屋も来いよ」
「あー……遠慮しておきます」
自分に対する用事ではないと思ってマグを両手にDVDの続きを観ていると、頭上に視線を感じた。
そちらを見上げると、何故か哲さんが俺のほうを見て罰が悪そうにいつもの困ったさんの顔をした。なんだろう。
疑問に思って部長へと視線を移すと、此方の視線に気付いてにっかりと嫌な笑みを浮かべて近付いてきた。まずい、これは嫌な予感がする。
「絵所~お前も来るか?よしよし来い!社会勉強させてやるぞ~」
「……社会勉強、ですか?はあ……いいです、けど」
思い切り掴んで引き寄せられた肩。そのせいでドアップになった先輩の顔から避けようと、身を仰け反って怪訝な表情を向けているのに、全く気にする様子もなくカラカラと笑うこの人は割とデリカシーがない。ちらりと哲さんに視線を向けると額を手で覆っている、明らかにこれはよくないやつだと瞬時に理解できた。
そのまま引き摺られるように連行された大部屋。そこには学年もバラバラな2階の部屋を使っている男子が見事に大人数集まっていた。何かをみんなで鑑賞するらしいが、すでに始まっていた音声ですぐに理解できた。AVだ。
「……これが社会勉強ですか?」
目をギラギラさせて食い入るように見ている集団に視線を向けつつ、今こそ自分が一番よいポジションに行こうとしている先輩に呆れたように声を掛けるが、連れて来た俺のことなど最早無視である。
どうしようもない状況に頭を掻いていると、一番帰りたそうにしている哲さんが集団の中に引き込まれてしまっていることに気が付いた。心なしか顔色悪いけど、大丈夫かな。
哲さんを気にかけつつ、興味本位で一番隅っこでビデオ鑑賞会に混ぜてもらうと、女優さんが乱れる度におお!と周辺から歓声があがる。
この女優さん、おっぱい小さいなー。とか呑気に眺めていたけれど、さすがに飽きてきて哲さんを探したら先程と同じ位置で口に手を添えて顔面蒼白じゃないか。
「ちょっとすみません、先輩人酔いしちゃったっぽいんでいいですか」
ぎゅうぎゅうとひしめき合う男子をかきわけて哲さんの腕を掴むと、同時に動揺して此方を見た顔。それはかなり酷い蒼白ぶりなのが遠目で見るより更によくわかって、しかも涙目なのものだからすぐに力一杯引っ張り出した。
そのままトイレに連れていくと、驚いたことに哲さんは便器に向かって吐き出した。
「大丈夫ですか、楽になるまで吐いちゃっていいですよ」
しゃがみこんで優しく背を擦ると、苦しそうに息を荒げて水のようなものを吐き出す姿をとても冷静に見つめていた。
開けっ放しの個室ドア、水音のみが響く誰もいない静かな状況。
「……哲さん、ゲイですよね」
背中を擦る手を止めることなくぽつりと呟いた声にピタリと呼吸が止まった。明らかに動揺している、図星なんだ。そしてふるふると首を横に振る哲さんは今まで見たことないくらい必死で。
「……いいよ、隠さなくて。俺は貴方が好きだって言ってるでしょう。ゲイだから受け入れてとは言わないけど、それを否定されるのは俺も否定されてるみたいで悲しい……水、買ってくるね」
優しく撫でる手と諭すような声が驚くほどに穏やかな自分。知ってるよ。ずっと見てるもん、貴方が女性モノのアダルトビデオを観ないこと。パソコンに男物のビデオがインストされていること。覗くつもりはなかったんだもの、哲さんがパソコンつけっぱなしで寝ちゃってるから見えてしまったんだ。
しかも、その男優さんが全部同じだってことも知ってしまった。きっとあのタイプの人が好きなんでしょ。
立ち上がり離れようとすると、震える手で腕を掴まれた。驚いて見下ろすとドロドロな顔で見上げて来た哲さんは絶望に満ちた顔をしていた。どうして、そんな顔するの。
「じょ、女性……恐怖症、なんです……嫌悪症、なんで、す……」
どうして、そんなに必死に。どうして、そこまでして嘘をつくの。
「そう……気持ち悪かったね、俺がいいなんて返事しちゃってごめんね哲さん。辛かったよね、もう部屋に帰ろう」
トイレットペーパーを巻き取って汚れた顔を拭いてあげて、何事もなかったかのように笑って。それを吐きだした嘘と一緒に水で流した。
心配する人に軽い挨拶をして哲さんを連れて部屋に戻ると、そのまま自室へ籠ってしまったからそれ以上は干渉するのをやめた。
さらりさらり、水は嘘を流してくれる。
一旦は、流してくれる。
けれど、胸の中に溜まっていくんだよ。
ひとつの嘘を正当化するためには何度も何度も塗り重ねないといけないんだよ。
そうして、ぶ厚く変貌した嘘は偽物の本当になるんだね。
哲さんは、そこまでして何を守りたいんですか。
子供だからってわからないと思わないで、哲さんは大人ぶってるけど、哲さんもまだまだ子供なんだよ。そんなに何かに押しつぶされそうな顔して一人で耐えなくてもいい歳なんだよ。
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