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ヤキモチと思惑
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中学三年にあがって暑さを招き入れようとしている頃、俺の身の回りはとんでもなく大きな変化を迎えていた。
可愛い見た目に華奢な肩。染めたことのない真っ黒い髪は、艶のある指通りの良さそうな煌めきを放っている。
こんな子がわざわざ俺を呼び出すなんて理由はひとつだけ。
「絵所君のこと……ずっと気になってて、あの、その……好きです」
頬をぽっと赤く染めた女の子は上目遣いで俺を見つめてくる。
向かい合った身長差は10センチ位。向き合って照れて見上げる女子と伏し目がちに視線を彷徨わせる俺。
期待に満ちた視線がとても痛い。
この状況も去年とかだったら飛び上がって喜んでいたのだろうか。
「好きになってくれてありがとう」
にっこりと笑顔を見せる俺はどうやら純粋さを失い始めていたようで。と、いうのも。
この残酷なセリフは俺がここ数か月延々と言われ続けている言葉。こんなに優しい笑顔ではなく、困ったさんな笑顔。
残酷なまでに優しい笑顔と言葉、真っ赤に染まった可愛らしい女の子が目の前で目を輝かせたら必ずこう言う。
「ごめんね」
ここからは何通りかあった。食い下がる子、理由を求める子、怒りだして叩いてくる子、泣く子、笑顔で去る子。
返ってくる反応は様々だけれど、誰変わることなく統一して拒絶する。だって、断り方なんて俺はこれしか知らない。
そうしてその度に泣きたくなるくらい苦しくて、ごめんね、と何度も心の中で謝罪するんだ。
君みたいに頬を染めて、目を輝かせて。俺もそうやってあの人をみつめているんだよ。そうだって知ったら、君のこの目も絵の具が混ざり合うみたいにぐるぐると混ざり合った色になってしまうんでしょう?
目の前の揺れる瞳孔はどんな色なんだろう、俺もこんな瞳をしてしまっているのかな。
「か、彼女とかいるの?」
「好きな人がいるんだ、応援してほしいな」
微笑みは絶やさない、今は綺麗に塗りたくってる。真っ黒な心のこもっていない色。心の中はしくしくと傷んで悲しい色をしているけれど、それを見せる権利なんて俺にはきっとないから。いつからこんな色を塗れるようになったっけ。
「あ……う、うん!あの、ありがとう!」
「いいえ、こちらこそありがとう」
この子が想いを寄せてくれてたってことを、きっと俺はすぐに忘れてしまって、今ここでこうして行われた会話も忘れてしまうのだろう。
なんて酷い最低な奴なんだろう、こんな俺を先輩は好きだって言ってくれないよね。でもね、先輩。
俺の頭の中は、心は。その位に貴方でいっぱいなんです。
「よしくんモテるねー。3年になってから何回目?」
「さあ、どうだろう」
声の方へと振り返ると、阿野が顎を親指で擦りながら女の子の走り去る後姿を眺めていた。さほど興味はないのか角口をして曖昧な記憶を辿っているようで、自分自身も質問の内容を辿ってみようとしたけれど思い出せる筈もなかった。
昨日の記憶なんて、先輩に関する事以外はみんな捨ててしまった。
「もう両手じゃ数えきれないね。飯買いにいこー」
両手を広げてひとつづつ折って遊ぶ仕草は幼稚園児みたいで面白い。それを見ていて気付くのが、俺よりもきっと阿野の方が覚えてるのかもしれないということ。そんな仕草も途中で飽きて放棄したらしく、すぐに手を合わせていい音を立てたのを合図に並んで購買へ向かう。
「購買でしょ?」
「もっちろーん、クロワッサンあーるかなー」
「走らないとなくなるかもよ~」
「そっか!ダッシュダッシュー!」
阿野の好物はクロワッサンとヨーグルトジュース。面白いことに毎日飽きずに食べるから、必ず購買に寄ってから学食へ行くのがお決まりのコース。
因みに俺はパンはお腹に溜まる気がしないから学食で日替わりセットを頼むのが、これまたお決まりのコース。
昼休みも開始してから大分経つのに、呑気に後頭部に両手を合わせてカラリと晴れた空にぽっかり浮かぶ雲の数を数えているから、意地悪してみようと言った言葉を皮切りに急に走り出す阿野。
「なんで俺も付き合わなきゃなんないのー!」
「ジュース奢ってあげるから!」
こんな戯れが楽しいんだから、俺は子供なんです。子供でいいと思ってるんです。それなのに、少しだけついていけない自分の成長に戸惑っています。
こうしていつまで阿野と無意味にふざけられて、いつまで先輩に好きだと言い続けられるんだろう。
この答えを教えてくれる人は誰ですか、先生ですか、保護者ですか、先輩ですか、友達ですか、阿野ですか。
きっと誰でもなくて、自分でわからないといけないんだろうね。それでもね。
……あの状況が腹が立って仕方がありません。
爆発させたい、今すぐ息の根を止めたい。どうやったらあのカップルみたいなベンチシートになるんですか。
二人で食べているそのサンドウィッチは手作りですか?そのハムとか沢山挟んであるそれ、それ、ねぇ、それ作ったんですか、わざわざ用意してきたんですか。
「よしくーん、ミルクティーでいいんでしょ?……すっごい顔してるよ、どうしたの」
「手榴弾持ってたら投げつけたい……」
「なに物騒な事言って……あ」
購買の庭先を思い切り睨みつけていると背後から缶が出てきた。不満と嫉妬に狂う脳内でぐるぐるとおぞましい色が混ざり合っていくのでそれすらお構いなしでいると、手を取られて強制的に缶を持たされた。
それに視線を向けて冷たいミルクティとか気が利くな、と少し気持ちが落ち着いたところで阿野の異変に気付く。
「ちょっと待って、それ誰に手を振ってる?」
「誰って、扇田先輩」
「は?知り合い?」
「知り合いも何も……同室の先輩だよ?あれ、言ってないっけ?」
知らない!なにそれ初耳だよ!
あまりの驚きにパクパクと口を開け閉めしていると、鯉の真似?と阿野が笑うから、急に冷静になって色んなことが巡ってきた。と、いうことは。いつも阿野が勉強を教わってるのは扇田先輩ってこと?修学旅行で俺もお土産わーたそって言ってた相手も扇田先輩ってこと?え?
しかも扇田先輩は阿野の姿を見て満面の笑みで手を振り返してきてくれている。いつもニコニコしているけれど、そういう感じでなく嬉しそうに笑ってる。それを見て、ああ仲がいいんだ。と素直に思えた。
それなのに、哲さんは俺の姿を見てまた困ったさんになった。なんで、俺にもその隣りの先輩みたいな笑顔向けてくれてもいいじゃない。
「星屋先輩と喧嘩したの?」
「してないよ」
そんな俺たちの様子を不思議に思ったのか勘違いした阿野は頭を傾げて俺の顔を覗き込んでくるから、その顔を手で押し返して見えなくなった2人を再度見ると、絶対に扇田先輩が作ってきたサンドウィッチを食すのを再開していた。
ああ、やっぱり爆発させたい、食べ物に罪はないからあの手元だけ爆発させたい。
「じゃあなんでそんなに睨んでるの?」
「あそこに俺の破滅させたい逸材が見えるから滅亡させたい願望が顔面に出てた」
「大丈夫?疲れてる?ご飯食べよ?」
阿野に言われたらおしまいな気がした。
お腹を空かせた阿野が早く早くと手を引くので、それ以上見ていても気分が落ち込むだけだしやめろなんて言うことが出来る立場でもないので抵抗をすることをやめて素直にそのまま阿野の言うことを聞くことにした。
その強制的に食堂へと引きずられる姿を、2人が見ていることなんて俺も阿野も知らなかった。
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