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鈴虫と嫌い、嫌い、嫌い
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「哲さん、ダメって言ってるじゃないですか」
「……あ」
哲さんは秘密でタバコを吸う。
それを知ったのは、同じ部屋になって3ヶ月が経った頃で。
俺が寝た後の深夜に夜間に出てはいけないと禁止されているベランダへ出て吸う、誰にも見られないようにこっそりと。
いまとなっては懐かしいあの頃、たまたまトイレに行きたくて目が覚めた夜、カーテンが少しだけ開いていることに気付いてこっそり覗いた。それは本当に好奇心で、いけませんと言われたものをドキドキと煩い胸の鼓動を服を握りしめることで紛らわせて、息を殺して真っ直ぐ視線を送った先。
細長いタバコを細長い指に挟んで、唇から細く煙を吐き出していた。物憂げに、夜空を見上げて視線の先にいつかその吐き出した煙が届くと信じているとでもいうようなような眼差しで。
その視線がゆっくりと此方へ流れた瞬間、ひゅっと喉が鳴った。
ゆっくりとゆっくりと流れる時間はスローモーションのように先輩の瞳を大きくしていった。そして、見られちゃいましたね、内緒ですよ?と口が動いた。垂れた瞳が一層下がって、哲さんは困ったように眉を下げて笑った。
今思えば、俺は哲さんのあの表情が嫌いだ。
「身体に悪いって何度も言ってるでしょう」
金色の女物のタバコ。とても小さいから、掌にすっぽりと収まるこのタバコは哲さんの健康を蝕む諸悪でしかない。そう思うと、妙に握りつぶしたい気持ちに駆られてじっと見つめていると、ひょいと細い指がそれを奪っていった。
「これ吸ったら終わりにします、約束しますから。だから、ね?先に部屋に戻ってください」
利き手の指に挟んだきっと残り半分くらいのタバコを持ち上げて見せて、俺とは反対方向へ煙を吐き出すその仕草はきっと副流煙を気にして離れて欲しいの合図。
こっそりと吸っているのを見つけては説教する俺を傍に置きたがらないのは、自分の行為が悪いことであって、してはいけないことだと理解しているからであって。
哲さんはとても頭がいいから、年齢的にも今こうすることが自分にとってどれ程有害で、それこそバレてしまえばどうなるかなんて嫌になるほどわかっていて。俺が理解している何十倍も知識や考えや予測が出来ていて。
それでもしてしまう何かを持っている。
その俺の嫌いな表情をする癖を作った根源がある。
「哲さん寒がりなんだから、こんな薄着で出てこないで。……はい、早く戻って来てくださいね」
本来渡そうと思って手に居ていたブランケットを広げて、此方へ背を向けていた自分より20センチ近く背の高い先輩の肩にそれを掛けてあげると、驚いたように振り返ってふんわりと優しく笑ってくれた。ありがとう、と嬉しそうに右手を俺の頭にポンと乗せてお礼を言ってくれた。
俺は、哲さんのその笑顔が好きなんです。
鈴虫の音が秋を伝える頃。俺は哲さんの背中を見つめることが多くなっていた
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