アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
シリウス
-
「あれはシリウスっていう星ですね。夜空にまたたく星の中でもっとも明るい星です。明るさの等級は-1.43、光度は太陽の26倍と言われています」
「またいつもの細かいやつ?」
言われたところで頭に入ってこない説明に思わず怪訝な表情を浮かべると、少しだけ目を開いて哲さんがこちらを見た。けれど、その表情は悪戯な物へと変化して、徐に両手を広げて夜空へと伸ばすものだからその仕草につられて視線を移してしまった。
「美教くんは本当に観測的話が嫌いですよね。因みに質量は太陽の約2.5倍で……確か半径は1.76倍だったかな。表面温度は1万度、中心温度が2000万度で……」
「あーあーあーあーわかんないー!」
「まぁまぁ、最後まで聞いてください?太陽との距離が8.6光年。あ、ちなみに1光年は9兆5000億Kmですからね?伴星があって、50年周期で蛇行していて私たちの太陽が所属する銀河は円板部で直径10万光年と言われているので、同じ銀河の中の星としてはほんのお隣さんの星です。だから一番明るく見えるってわけですね」
「へぇ!最後のだけはちゃんと頭に入った!」
「頭良かった筈なのに……興味が全てですか?まぁ、太陽系から見た宇宙の中では一番明るく見える星です。本当の明るさから言えば、もっと大きく明るい星はたくさんありますが、何分、遠くにあるので小さくて暗く見えてしまうんですよね」
「へーあれは?神話!神話みたいなやつ」
「神話の話になると態度変わりますよね……いいですけど。それじゃあ、眠らないでちゃんと聞いていてくださいね?」
「うん!眠らない!」
興味の振り幅でテンションが左右されてしまう俺の反応に呆れた様子や軽い溜め息をついてはくるけれど、結局は優しく丁寧に。そして、とても楽しそうに付き合ってくれて。何より俺のペースに合わせてくれているのがとても感じれて、それが本当に心地よくて楽しくて、世界は大きく有限でまだまだ未知なるものだらけなのだと、その長い腕を大きく広げて表現する哲さんを改めて素敵だと思った。
「シリウスを含んだあの星の周辺が総称しておおいぬ座って言います。シリウス自体がおおいぬ座の9番星と言われているので、今日はそのお話をしましょうね。
ごくごく初期に、あの星座はライラプスってアクタイオーンの猟犬を表したんです。
ときどき月の女神ディアーナの女猟師プロクリスや、曙の女神アウロラからアテナイの猟師ケパロスに与えられたものと考えられたらしくて。非常に速く走る犬だったのでこれに感心した大神ゼウスによって天に上げられたという神話も有名ですね。」
「ケパロスって人の相方だったんだ」
「ケパロスの猟犬ライラプスに関してはまた少し違う神話もあるんですよ。
この犬は神により絶対に獲物を捕まえる犬にされていて。その頃、テーバイの町に、絶対に捕まらないキツネがいたんです。悪さをするので困ったテーバイ市民は、ケパロスに犬を借りました。ところが、このキツネは、神により絶対に捕まらない運命のキツネにされていたんです。捕まっても捕まらなくても、神のまじないが無効になるので、困った大神ゼウスは両者を石にし、ライラプスは空に上げておおいぬ座としたって話」
「えーそれは可哀想」
「最も一般的に言うと、おおいぬ座あるいは、シリウスのみはオーリーオーンの猟犬という見方。
アラトス、ホメロス、ヘシオドスによれば、オーリーオーンがこの犬を連れてウサギ……これはおおいぬ座の近くにあるうさぎ座のことですね。それを追いかけているところという見方。ほら、見えませんか?」
「あ!本当だ!」
「あるいは、オーリーオーンの相手は雄牛……これは逆にあっちのおうし座のことです。それと見られることもあります。
ギリシア人にとっては犬は1匹ですけど、ローマ時代はこいぬ座をオーリーオーンの第2の犬と呼んだんです。
ヘラクレスが捕らえた地獄の番犬ケルベロスであるとする説もあるんですけど、これはいかにもお話って感じですよね」
「見え方で色々あるんだ」
「ローマ神話では、おおいぬ座はエウロパの番犬と呼びます。ただし、この犬は、大神ユーピテルがエウロパを誘拐するのを防がなかったんですね。防がなかった功績を称えてユーピテルにより星座にされたという見方のようなんです」
「へーぇ。俺はケパロスのやつが一番良かったなぁ」
「僕も、それが一番好きですね」
ひとつひとつを丁寧に説明してくれる間は指で指示されたところを必死に追いかけていたのに、不意に自分の感想を言うからつい哲さんの方を向いてしまった。
じっと空を見上げる哲さんの瞳には星が映り込んでいて、吸い込まれてしまいそうなくらいに綺麗なのが印象的で思わず見つめてしまったら視線に気付かれてしまい、哲さんの視線が此方へときてしまった。
「美教くん?」
「……え?あ、あ!なに!?」
「……いえ、僕の顔に何かついていたのかな、と思いまして」
動揺を隠すことが出来なくて声が裏返ってしまった、それに対してなのか見惚れていたことが見透かされていたのか哲さんはクスクスと笑って俺の慌てる様子をおかしげに見ている。この状況をなんとか打破しなくては。
「あ、えっと、星!星がついてた!」
「え?」
「目!目の中に星!星!」
そう、嘘はついていない。哲さんの目の中に星がいっぱい映っていて、それに見惚れていただけだから、俺は嘘はついていない。
「ああ……なるほど……」
再び顔を近付けて身を寄せてくるデジャブ。え、今度は何ですか。
瞬きが高速で繰り返される中、よく見ようとしているのかじっと見つめてくる哲さん。二人の白い息がゆっくりと空へと伸びていく。その距離、10㎝。
「さ、哲さ……ん?」
「美教くんの瞳の中にも落ちてきてますよ、星。さ、もう寒すぎて風邪をひいてしまいそうなので返ってお風呂で温まりましょう」
「え、あ!はい!うん!はい!」
すっと離れて立ち上がる哲さんに条件反射で半身を起して見上げると、小首を傾げて親指で寮の方を示す仕草。多少放心していていたところから理性が戻って来て急いで立ち上がって尻や背中を叩いて、きっと真っ赤になってしまっている顔をマフラーに埋め込んで哲さんの後を追った。この時の俺は、今してしまった自分の元気な返事がこの後に更に身を苦しめることも知らなかった。
この後寮に戻った俺たちは冷えた身体を温める為にこっそりと風呂に入るべくに一緒に大浴場へ向かったのだが。
俺は初めて哲さんの全裸を見ることとなり、なるべく見ないようにしていたのにそれを変に思った哲さんが心配して覗きこんでくるものだから、俺は鼻血をふいて卒倒するという珍事件をやらかした。
本当にごめんなさい、不可抗力です、許してください。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
45 / 65