アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
信頼と嘘と
-
コツコツと控えめに鳴るノックの音は返事をする前に開け放たれた。
そこに居たのは様になる立ち姿な愛しい人、振り返った俺の視線に気付いてにっこりと微笑む綺麗な人。
卒業間際。
まだまだ寒さの残るこの時期、それでも春先の新しい生活へみんな期待に浮き足立っていた。
今日は哲さんの要望で描いた絵が仕上がりそうだったので、放課後に見に来て貰う約束をしていて。
完成までもう一息な絵を覗こうとしたのか、俺の背後に先輩の気配がする。
それさえもドキドキと脈拍があがるのだから、本当に同じ部屋で生活しているのか今更ながらに疑問に思えてくる。
時計が秒針を刻む音と校庭から届いてくる打った球がバットに当たった音と、2階で練習に勤しむ吹奏楽部の音色。
それと、一番大きな俺の心臓音。
「綺麗ですね」
穏やかに流れていた先ほどまでの空気は筆を進めてくれたのに、たった一言。哲さんが呟いた言葉が空気に乗って流れてきただけ、ただそれだけのことで筆が揺れる。
「美教くん?体調悪いですか?」
筆が震えるのは、俺の心が震えているのが手を伝って出てきてしまってるからだよ、哲さん。この絵は俺と哲さんだよ、それを綺麗だと言ってもらえたら勘違いするじゃないか。
「哲さん、好きです。大好きです」
いつも言ってる言葉、それでも大事なこの言葉は哲さんにしか言わない言葉。いつも全力で、今しか言えない、今感じてる哲さんを好きだと想う気持ち。
届け届け!と心から溢れる言葉。
そして哲さんは必ず困った顔をする。困ったさんな笑顔を見せて、目を逸らしてごめんと言う。
ごめんと言うんだ。
いつもなら、そう。
「ありがとうございます、絵所くん」
どうして。
どうして今日は目を逸らさないの?そのありがとうはいつもと違うありがとうなの?そして、どうして、名前で呼んでくれないの。
瞳孔が震えたのが自分でわかった。
こみ上げてくる熱は決して表に出してはいけないもの、これを溢れさせたら哲さんが困ってしまう。
「ねぇ、それ。わざと言ってるんだとしたら意地が悪いよ哲さん」
「そうですね、僕はずるい人です」
目を逸らさずに、見つめあったまま。
座ったまま見上げる俺と、そんな俺を見下ろす哲さん。垂れた前髪が時折その目を隠してしまうから見逃してしまわないように必死なのに、揺れてしまう自分の眼球がもどかしい。
どうしてそんなに苦しそうなんですか、優しいから突き放せなくて辛いんですか、ねぇ、哲さん。教えてよ、哲さん。
「どうしてなま……哲、さん?」
哲さんの、匂いがした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
46 / 65