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卒業と卒業できない心
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「ご「卒業おめでとうございます」」
少し肌寒さの残る今年の春。
昼間はポカポカと暖かく、お目出度いこのよき門出の日は俺にとってはただの地獄の門だった。
「先輩、ボタン、くっ、だ、さい……ぐず」
「先約がありますって言ったら?」
「今……ここっで、奪い、取ってぐず……逃げ、ます」
「物騒ですね」
号泣する俺を完全に笑って茶化す哲さん。制服のズボンを握りしめ過ぎて皺がとんでもないことになってきたのも、目元の熱さとクラクラする頭では気に掛けることなんてできなかった。
綺麗に桜の花が散り落ちる。
気温が高めながらも風が強い今日という日は、人気の少ないこの場所を俺たち二人だけだと思わせてくれるくらいにピンクと白で包んでくれる。
これが星で、流星群だったら、目の前の哲さんを掴んで離さないのに。
掴めるのは桜の花びらで、やっぱり目の前の貴方を掴んで捉えることができない。
でも少しくらいは我儘を聞いて欲しい、ボタンを、ください。貴方が3年間此処に居て、その内の2年間を俺と過ごしていたんだって形が欲しいんです。
離れ離れになってしまうから、俺はこれから3年間此処で過ごして、貴方は有名な国立大学という場所で新たな世界へ行ってしまうから。
いつものように困った笑顔を浮かべる哲さんはポケットからハンカチを出して子供の顔を拭うように涙を拭いてくれた。ふざけて、ちーん。なんて言ってくるから本当に鼻をかんでやろうかと思った。
ぐずぐずと鼻を啜って俯いていると、ブチ。と音が聞こえた。そして、俺の腹に手が伸びてきて、同じ音が聞こえた。
「これは僕の、これは君の」
腹に手をやると、制服の第二ボタンがなかった。そして視線をあげると哲さんの第二ボタンもなかった。その二つは哲さんの掌の上にいて、高校生の制服のボタンが差し出されていた。
「え、あ、いいの……?」
「欲しかったんでしょう?いらないですか?」
「い、いいいいる!いるいる!」
意地悪を言われて思わず奪い取る形でボタンを握ると、困ったさんではなくて、本当に、本当に。
本当にふんわりと笑った。
その笑顔が綺麗で、哲さんの事が好きになったきっかけだろう悲しそうな笑顔でもなくて嫌いな困ったさんな笑顔でもなく、俺をちゃんと見て笑ってくれた。
「なんでまた泣くのですか」
「うれ、うれっ、嬉しくてぇぇぇぇ」
「第二ボタンって心臓に一番近いから、自分がずっと心に持っていた大切な人に自分の気持ちをあげるって意味があるらしいですよ」
「……そうだんでずか?」
「ふふふ、何言ってるかわからないですよ。だから、美教くんの1年分の熱烈な心臓を貰いますね。ブレザーで心臓に近くないですけど、2年間一緒に生活をしてくれたお礼に僕のをあげます」
「ぐずっ、どこまで思わせぶりでズルいんですか」
「制服の裾で拭かない。そんな僕でも好きなんでしょう?」
「当り前じゃないですか」
「君がどんどん鋭くなっていくのが怖いですね。じゃあ、僕からお願いがあります」
「なんですか」
憂いた表情で間を置いた哲さんは急にあの悲しそうな顔になった。
その顔に魅入っていると、気が付いたら哲さんの頭が頬のところにあって、哲さんの匂いがした。
俺は今、哲さんに抱きしめられている。
「せせせせせせせ先輩!?」
「その綺麗な気持ちを誰か別の人に向けてください、君は幸せになれるから。幸せになって欲しいのです」
そんな嬉しい緊張も一気に覚めた。静かに静かに静まっていく心。
地面がピンク色に染まっていくのがやけに鮮明に映る。
舞う花びらが、桜が俺の代わりに泣いてくれているように見えた。
「……俺の幸せを勝手に決めつけないで」
「それでも、僕を想うことで幸せになんてなれないです」
「今更……言うの」
「言ってあげられない僕を嫌って構いません、でも、ありがとう」
ああ、ずるい。
こうして俺と哲さんはお互い中学と高校を卒業した。
最後の最後までどうしてそういうことを言うんだろう、想い続けることも許されないの?そうやって何回、俺の事曖昧にするの?
取り残されたその場。手に握りしめたままのボタン、髪に紛れてくる花びら、ただ空を仰ぐことしか出来なかった。
眩しいくらいの日差しと幻想的なまでに盛大に舞い散る花びら。
水色とピンクと白と少し緑、それから黄色。全部綺麗な色なのに。とても優しい色合いなのに。
頬を撫でていく柔らかさも、首をすり抜けるように通り過ぎていく風も、みんなみんなとても優しいのに。
哲さんの残り香がやけに辛く突き刺さって、静かに涙が目尻から伝っていた。
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