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手から滑り落ちるのは時間
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少し古びた扉をガタガタと鳴らして開ける人が一瞬誰だかわからなくて、絵本を閉じて目尻を手の甲で拭いその人物を凝視する。
どこかで見たことがある……少しふわっとした癖毛にいつも微笑みを浮かべてる華奢な人。小花柄のシャツに黒いジャケットと細身のパンツを履いてベージュのエンジニアブーツはいかにもお洒落な大学生って感じで。その姿に学ランを重ね合わせれば、ひとりの人の面影が過る。
ああ、哲さんのお友達だ。忘れるわけもない、扇田先輩だ。
「お久しぶりです……扇田先輩」
「覚えててくれたんです?よくわかりましたね。嬉しいなぁ」
「割りと個人的に恨み辛みありましたんで」
むすっと感情を露骨に表す辺りがまだまだ子どもだと言われてしまっても、中学時代の散々に邪魔してくれたこの人にはどうしても聞きたいことがある。
「わーお!絵所君、暫く合わない間に雰囲気変わりましたね」
「もう高校生なので、少しは……あの、ひとつ聞いてもいいですか」
「ふむふむ、どうぞ。ひとつでも、ふたつでも」
「覚えてないかもしれないですけど、中学の時、資料室で……俺、見ました」
「ああ……あれ……見られちゃいましたか」
扇田先輩はしっかりと記憶していたようで急に表情が罰の悪いものになった。
その瞬間、戦闘心に火が付いた俺は、もうこの場で宣戦布告をする決意を胸に抱いた。
「俺と、貴方はライバルですか」
「そんなに真っすぐな瞳で言われたら白状しましょうか。お互いにお邪魔虫ってやつですね」
「やっぱり、哲さんのこと……」
「ああ!違います違います。僕は君のお友達に片想いしているんですよ」
「は?…………え?ええ?」
思わぬ返事に拍子抜けして時計の針すら止まった気がした。
俺の友達というのは阿野ということだ、阿野は扇田先輩と同室だったし、そう言われてみれば扇田先輩を睨みつけて威嚇しているとき、この人は必ずとても優しい視線を此方に送ってきた。
それが余裕ぶっているように感じて余計に苛立っていたが、彼にしてみればそうではなくて想いを寄せている阿野に俺が哲さんに送っている視線と同じものを送っていたのだ。
「ふふふ、僕も絵所君には恨み辛みあったりして」
「えええええええ、あ、ええ!俺、全然!そんな!」
お互いにライバルであるということは間違いなくて、ある意味で一番の戦友でもあった事実。扇田先輩は、阿野とどんな3年間を過ごしてきたのだろう。
「知ってます、そんな絵所君にプレゼントをあげましょう。これが本来の僕の目的なのでね」
「プレゼントですか?扇田先輩が、俺に?」
「うーん半分正解、半分ハズレ。はいどうぞ」
優しい瞳を細めて扇田さんが渡してくれたのは1本のアンティークな鍵だった。
しゃらり、と音を立てるそれは古びているようでどこの鍵か見当もつかなくて手を差し伸べてその上に乗せられても実感が微塵もなかった。
「とても深く……言葉を言い変えてしまえば、ごちゃごちゃと考えてしまう人ですからね、哲君は。それ、9月になったら渡して欲しいって頼まれただけなので、僕は何の鍵だかわからないです。頑張って解読してあげてくださいね」
それだけ言うと、じゃあ。と立ち去ろうとする扇田さんの背中は不思議ととても温かいものに見えたのは目頭が熱いせいなのだろうか。
「扇田さん!」
「うん?」
「……ありがとうございました!」
「いい事が待ってるといいね」
本当に優しい眼差しで微笑む扇田さんだから、きっと哲さんの一番仲の良いお友達だったんだろうと何故か心の底から想えた。
勘違いと猪突猛進から生まれた沢山の無礼への謝罪と、それでも俺の応援を心からしてくれていた心優しい先輩への敬意と感謝を込めて。全力でお礼を伝えたら、柔らかく温かい微笑みを返してくれた。
軽く手を振って去っていくその背中に深々とお辞儀をした、見てなくてもきっと感じ取ってくれていると信じて。
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