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3月2日
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言いたいことは言葉に出来ないものだと初めて知る。
そんな自分が不甲斐ないと感じて、もどかしさに苦しくなるのです。
置いてけぼりの幼い僕は、大人ぶった言葉ばかり覚えてしまって、それを伝える勇気をあそこへ捨ててきてしまったのでしょう。
飲み込んでしまった言葉はずっとお腹の底に湖のようにひたりひたりと潜んでいるのに、言うべきでない言葉はすんなりと鳥のように表へ出て行って、帰ってくることもないのですね。
そんなこと知りたくなかったし、この気持ちの言葉を知っているのです。
あの時に芽生えていた感情の名前は、あの場所へ捨ててきた勇気の横にそっと添えてきたのです。
僕の事なんて忘れてください。
嘘です、本音は忘れて欲しくないのです。
嘘くさいこの感情の名前は口にしてしまえば曖昧な形となって溶けてなくなってしまうのに、それを、彼は何度も口にするのです。
彼が口にした言葉は不思議と消えてなくならなくて、お腹の底に溜まった湖にぽたりぽたりと垂れてくる気がするのです。
彼の色が落ちてきて、紺色に淀んだ色が中央から轍を作って鮮やかな色に変わって行ってしまうのです。
その色は、彼が描く絵と同じ色でした。
彼が描く絵はとても綺麗で、夕日のように眩しくて目を細めるような温かく、誰をも包み込むような優しく純粋な色を帯びています。
それを見てしまった今日の放課後、橙に染まる彼の顔。
泣きそうで真剣な彼の顔に、僕の好きな夜空に輝く星を見たのです。
心臓の端からチリチリと迫りくる焼き焦がされるような痛みと苦しさ。
光り輝いて眩しさに目を背けたくなったのに、それを許してくれない強い瞳。
ずるい僕はその想いと衝動を、彼が提案してきた随分前の罰ゲームに載せて執行するのです。
本当はしたくてしたくせに。
僕が彼に想いを伝えれば、彼はきっと愛らしい笑顔で喜んでくれるのでしょう。けれど、そうすることで彼の事を大切に思うおばあさんは悲しむことでしょう。
彼の唯一の肉親が悲しむことが正解な筈がないし、彼はまだ中学3年生で僕はもうじき卒業してしまうのです。
この2年間のように傍にいてあげられないのに無責任に気持ちを伝えることで苦しみ悲しみ傷つくことなど、彼には与えたくないのです。
大人ぶった言葉ばかり覚えてしまった僕の偽善。ただ、彼を守り切れない自分の幼さが怖くて逃げているだけ。
愛している、なんて子供の僕には言えない、言ってはいけない、どんなに色が変わって溢れてきても、この言葉は何度だって噛み砕いて飲み込もう、そう決めたのだから。
無責任に、キスをしてしまってごめんなさい。
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