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9.それぞれの想い
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初めて踏み入れる王宮に何の感情も抱かない自分にクスリと笑いが込み上げる。
それはそうだ。
自分は生まれた時から王族とは無縁の生活をしてきたのだから。
紫の瞳が王族所縁のものだと知ったのは8才を過ぎた頃だった。
それまで母は一切屋敷の外へ出してはくれなかった。
父は不在がちで会話もなく、母からも避けられがちだった。
使用人達も遠ざけられ、専ら教師は乳母のマリーナだった。
彼女は博識だったため色々教えてはもらえたが、あくまでも魔力のない普通の人でしかなく、当然魔法については何も教えてはもらえなかった。
そんな中、自分に色々教えてくれたのはあちらこちらにいる魔物達だった。
色んな性格の者達がいたが話をするのは楽しくて、いつも時間を見つけては彼らと話をしていた。
魔法の使い方も彼らから基本を習い、後は自己流で好きなように遊びながら学んだ。
そんな自分を母はどう思って見ていたのだろうか?
「母様。紫の瞳は王族所縁のものと教えてもらったのですが、父様は王族の方なのですか?」
無邪気に発せられたその言葉に、凍りついたように動きを止めた母の姿が忘れられない。
「…誰に聞いたの?マリーナ?」
静かに、けれどどこか固いその言葉に疑問を抱きながらも正直に告白する。
「え?いいえ。マリーナではなく最近入った小間使いのミーシェという人に…」
「そう…」
その後すぐにミーシェは屋敷から姿を消した。
そして12才を過ぎたある日の夜、母が刃物を手に自分の前へと立ったのだ。
「…私はお前が怖い」
母はもう限界だと言い、震えながら刃物を手に持ち泣いていた。
「お前は一夜と引き替えに宿った子。私は…王の子など欲しくはなかった」
身内に魔法を使える者は誰もいない。
ましてや王の妃になりたいと望んだこともない。
ただ…声を掛けられて断り切れず抱かれたのだ。
己の見返りと引き替えに――――。
「お前が王の子でなく、あの人の子であればよかったのに……」
夫との間にできた子であれば愛してあげられたのにと…そうして泣く母親に、一体何と声を掛けてあげればよかったのだろう?
「お前の存在がこの先…王に知られたら…」
跡継ぎ問題に影を落とすと――――そう言うことなのだろうか?
それともこのレイン家自体の問題だろうか?
自分を隠していたとばれれば家ごと潰されると……?
それでも…父も母も今まで自分を育ててくれた。
愛情はあまり感じさせてもらえなかったが、ここまで隠しながらでも自分を守ってくれた。
(もう……十分だ)
懸命に複雑な思いを押し殺し、母の方へと笑顔を向ける。
「母様…どうか明日、この家を出ることをお許しください」
そう言って微笑んだ自分を母は泣きながら抱きしめてくれた。
それは安堵の涙だったのか、悲しみの涙だったのか――――。
自分にはそれがどちらかなどわかりはしなかったが、母が苦しんでいた事だけはよくわかった。
だから…もう忘れていいのだと、魔法を掛けた。
自分の事は全て忘れてどうか幸せに暮らしてほしい。
父にもまた同じ魔法を掛けよう。
(そうだ。そうすれば全てがあるがままの姿に戻るだろう…)
暗澹たる気持ちでただそう自分に言い聞かせた。
それから家を出て、使い魔を従えながら黒魔道士としてずっと生きてきた。
紫の瞳は外では目立つと知り、それがわかってからは瞳の色を隠すようになった。
使い魔達は揃って勿体ないと言ってくれたが、余計なトラブルに巻き込まれても困るし、あまり目立ち過ぎるのもよくないだろう。
ただでさえ子供一人で暮らしていると悪目立ちするのだからこれ以上はと説得した。
それから生活の仕方なども全て見よう見まねでやってきた。
仕事の取り方も最初は全く分からなかったから同業に色々聞いて回ったり、仕事を覚えるために共同の仕事を多く回してもらったり、やれることは何でもやった。
ロックウェルや仲間と知り合ったのもこの頃だ。
そうしてある程度やり方を覚えたところで独立した。
そこからは自由気ままに自分のやりたい仕事だけを厳選してすることに決めた。
基本的に権力者に近寄らなければトラブルに巻き込まれることはまずないだろうと思った。
自分は小さな幸せだけを感じて生きていければそれでいい。
そう思いながらずっとやってきた。
王宮絡みの仕事も友人であるロックウェルが持ってきたものしか受けたことはない。
それは彼を信じていたから…絶対にトラブルに巻き込まれたりはしないだろうと思っていたからだ。
(やはり今回の件は最低限で済ませてしまおう)
二人の信頼関係が壊れた今となってはそうするのが一番無難かもしれない。
ましてや先程からのロックウェル達の雰囲気から察するに、下手に首を突っ込みすぎるのも良くない気がする。
正直今これ以上傷つくのは御免だ。
手近な椅子に腰を下ろしたところで使い魔が自分の影へと戻ってきたのを感じた。
そこから報告を聞き、シリィというこの白魔道士が隣国の王子と婚約していることなども知った。
(これは……。まさか婚約者が犯人だとは思っても見なかっただろうな)
正直面倒臭いことこの上ない。
相手からしたら姉妹で手元に置きたいというただそれだけの事なのだろう。
けれどシリィにとっては衝撃的な事実。
どう言ってもショックは免れないだろう。
口下手な自分が上手く伝えられるはずもない。
それなのにロックウェルは勿体ぶらずに何かわかったのなら教えろと言う。
そんなに簡単に言えるものなら最初からきちんと話していると思わないのだろうか?
けれどこれは仕事なのだ。いつまでも黙っているわけにもいかないだろう。
仕方がないので予め断りを入れてから結論を話すことにした。
「…正直言いにくいことだが、結論だけを言ってもいいか?」
二人から頷かれたのでホッとしながらその結論を告げた。
「この問題はお前が婚約者殿に嫁げば全て解決だ」
この言葉だけでロックウェルは察してくれたようだったが、肝心のシリィの方は今一つわかっていないようで、また怒られそうになった。
(本当に面倒臭いな…)
一体自分にどう言えと言うのだろう?
「構わん。詳細を」
ロックウェルはこちらの心境などちっともわかってはくれないのか、ただそう促してくる。
もうこうなっては詳細を語る以外にない。
けれど話せば話すほど彼女の顔色は悪くなるばかりだった。
(だから話したくなかったんだ…)
できれば最初の言葉だけでロックウェルのように察してくれればよかったのに…。
しかも促されて話したにもかかわらずロックウェルからは非難される有様だ。
「…解決なはずがないだろう。そんな話を聞かされて、はいそうですかと嫁げるはずもない」
まあそうだろう。
そんなことはわかり切っているからできれば詳細までは語りたくなかったのだ。
だからこそ内心ムッとしながらロックウェルへと言った。
「それならどうする?婚約破棄をした上で姉を無理やり取り戻すのか?それこそ国際問題になるぞ?」
国際問題にしたくはないだろう?とわかり切ったことを促すとロックウェルからまた嫌味を言われた。
「…意地悪だなクレイ」
「そうかな」
「そうだ」
お前が言わせたくせにどの口が言うのだろう?
さすがにこちらだって腹も立つ。
「…お前がどうにかしたいと言うなら、間に入って上手くやればいいだろう?」
「……」
「口先三寸の二枚舌はお前の得意技だろうに」
本当はこんな嫌味を言うつもりはなかった。
けれど封印の件でのモヤモヤもまだ消化しきれていない状態で言われたからか、自制しきれない自分がいたのだ。
「…随分嫌味を言えるようになったな」
ロックウェルからのその言葉にハッと我に返る。
自分は一体何を言ってしまったのだろうか?
また…間違えてしまうところだった。
(あの時…ロックウェルに甘えた自分が馬鹿だったと…ちゃんと理解したつもりだったのにな…)
封印魔法を唱えるロックウェルを前に確かにそう思ったはずなのに、それをすっかり失念してしまっていた。
心地良かった二人の関係は幻となってしまったのだ。
いつまでも―――関係に甘えていてはいけない。
けれど関係を壊したロックウェルへのこの気持ちはそう簡単に吹っ切れるはずもなく…。
「……お前が俺をそうさせたんだろう?」
悲しみと共についその言葉を紡いでしまった。
その言葉にロックウェルの顔が見たこともない程苦しげに歪む。
「…お前は卑怯だ」
―――確かにそうかもしれない。
お前にそんな顔をさせる自分にたまらなく嫌気が刺した。
「…何とでも言え」
耐えきれずガタッと音を立てて立ち上がる。
これ以上ロックウェルの顔を見ているのが辛くて…逃げるように背を向けた。
「犯人は確かに教えたから、俺はこれで失礼する」
二人の追いすがる声が胸を突くが、ここで振り返られるほど自分は強くはなかった。
(もう…俺の事は放っておいてくれ…)
辛くて辛くて仕方がなくて…そのまま全てを振り払うかのように黒衣を翻し、その場から脱出した。
***
これから―――自分はどうすればいいのだろう?
失ったあの日々はもう二度と戻ることはない。
そうさせてしまったのは全て自分だ――――。
クレイの言葉はまるで抜けない棘のように心に突き刺さり、ロックウェルの心を苛んだ。
(裁いてほしいと…そう願ったのは私のはずなのにな…)
けれどまさかこんな風に辛い思いを抱える羽目になるとは思っても見なかった。
自分を殺しに来るのなら笑って受け止めてやることもできた。
罵るのなら好きなだけ罵ればいいと思った。
全てを吐き出し感情をぶつけ憎悪に歪んだ彼の顔を見れば、クレイも自分と変わらない一人の人間なのだと…納得することができたのに…。
『お前がそうさせたんだろう?』
そう言って見たこともない顔で笑った顔はどこか傷ついたように悲しそうに歪んでいて、それをさせたのが自分だと言うことが苦しくて仕方がなかった。
(私はあんな顔が見たかったわけじゃないんだ…)
別に彼をあんな風に傷つけたかったわけではない。
ただ…彼の本音をぶつけてほしかった。
それは甘んじて受け止めるから、それから…自分の気持ちもわかってほしかった。
自分の中のやるせない行き場のないこの思いを…。
どこまでも読めない彼に、自分と同じ土俵に立ってわかってほしかった。
引き摺り下ろして無理やりにでもわからせたかった。
それなのに―――やはり彼はどこまでも思い通りにはなってくれなくて…。
「やはりお前が全部悪い……」
こんな形で更に自分を苦しめるのだから――――。
力なく呟きながらも、ロックウェルはキリキリと痛む胸を持て余し、拳をギュッと握りしめた。
(だめだ…)
気持ちを切り替えなくては。
ロックウェルは堕ちていきそうになる思考を振り払うかのようにふるりと頭を振った。
犯人だけでもわかったのだから、いつまでも私事に囚われている場合ではない。
自分は…王宮の魔道士長なのだから、自分の職務を全うしなければ――――。
***
「…ライアード様が…犯人…」
シリィの口からポツリとその言葉がこぼれ落ちる。
まさか自分の婚約者が―――?
信じたくない。
信じられない。
けれど――――。
「…知りたい」
真相を知りたい。
姉は本当に彼の元にいるのだろうか?
もしいるとするなら、救う手立てはないのだろうか?
「ロックウェル様」
「…なんだ?」
何かを決意したようなシリィの言葉にロックウェルが固い声で応える。
「私。あの黒魔道士の言葉をすぐに信じろと言われても無理なんです」
「……そうか」
「でも、そこに真実があるかもしれないなら、動いてみようと思います!」
そうだ。
信じられないなら自分の目で確かめればいい。
ライアードに接触して、聞き出せばよいではないか。
もし彼が犯人だとしたら素直に口を割るとは思えないが、何かしらの反応は見られるのではないだろうか?
そして話してみて全く関係ないと判断できればあの男の勘違いだったと思えばいいのだ。
姉を浚った犯人である可能性があるのなら、試してみる価値はある。
ただ落ち込んでいても何も始まらないのだから、まずは一歩を踏み出したい。
「私は私がすべきことを…!」
そうしてシリィは強い眼差しで真っ直ぐにロックウェルへと向き合った。
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