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10.気持ちの変化
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フラフラと久方ぶりの街を歩くクレイだったが、そこに突如声を掛ける者があった。
「よぅ!クレイじゃねえか?」
その声に振り返るとそこには40を過ぎた見知った人物が明るく立っていた。
「随分久しぶりだな。どうした?そんな今にも死にそうな顔して」
「なんだ…ファルか」
「なんだとはご挨拶だな。あんなちっこかったお前に魔道士のイロハを教えてやったのに」
ガハハと豪快に笑うその姿にクレイの心がほんの僅か浮上する。
この男は昔からそうだ。
まだ家を出て間もない頃、色々やった失敗もそんな豪快さで全部許容してくれた。
細かいことにちゃんと気が付く癖に、そんな細かいことは気にするなと笑い飛ばしてくれる。
そんなところが有難かった。
「…ちょっと…な」
そんな自分の背をバシバシ叩きながらファルは明るく声を掛けてくる。
「まあいい。どうせ暇だろ?ちょっと食事にでも付き合え!」
「…いや…俺は…」
「ほら、行くぞ!」
折角断ろうとしてもグイグイと引っ張られてはついて行かざるを得ない。
(本当に変わらないな…)
一緒に居過ぎると疲れる相手だが、落ち込んだ時はそう言えばいつもこうやって連れ出してくれたっけと思い返す。
そしてそんな優しさに甘えながら結局大人しくついて行ってしまう自分の弱さにまた自嘲してしまった。
酒場で少し早目の食事を注文し、酒を勧められる。
「ほら、乾杯!」
無理やりグラスをカツンと合わせられ、そのまま飲むよう促された。
「お前はちょっとくらい強引に迫らないとちっとも素直に話そうとしないからな」
そんな言葉が耳に痛い。
「……」
「覚えてるか?リースと喧嘩した時もバルバラとやりあった時も、お前は全部口をつぐんでただろう?」
そう言えばそうだった。
あの時は自分達の問題を他に広めるのは間違っていると思い口をつぐんで黙っていたのだが、そうこうしている内に何故か自分一人だけが悪者にされていたのだった。
それを無理やり頬を引っ張って聞き出してきたのがファルだ。
「お前は本当に強情だからな」
「……」
「そんな顔をしてるってことは何かあったんだろう?ちゃんと聞いてやるから、また頬を引っ張られる前にちゃんと話せよ?」
そうやって意地悪そうにファルはニッと笑うが、結局こいつは人が好いのだ。
たまたま死にそうな顔をしていた自分を見掛けて放って置くことができなかったのだろう。
(まあファルから見たら俺はいつまでも子供みたいなものだろうしな…)
昔から知っている相手だけに、変に自分を取り繕うこともないかとクレイは開き直ることにした。
「実は…ロックウェルと喧嘩した…」
だから素直にそう言ったのに…。
「ブッハァ!!お前何だそれ!子供かよ!」
テーブルをバシバシと叩きながら大笑いするファルにムッとする。
こっちは死にそうなほど落ち込んでいたと言うのに…。
(言うんじゃなかった…)
そうやってムスッと押し黙っているとひとしきり笑い終えたファルがこちらに顔を向けてくる。
「まあなあ。あいつはお前に劣等感を抱いていたから、いつかぶつかるとは思ってたよ」
「……は?」
思いがけないその言葉に思わず目が点になる。
ロックウェルが自分に劣等感?
「冗談はやめてくれ。あいつは優秀な魔道士だぞ?しかも王宮の魔道士長で…」
自分に劣等感を抱くなんてありえないだろう。
しかしファルはどこか訳知り顔で食事を食べ始めた。
「お前にはそんな風に見えなかったかもしれないが、傍から見てれば一目瞭然さ」
「……ないな」
自分よりも社交的で人望もある男だ。
女にだって当然モテる。
置かれている立場も流しの魔道士である自分よりもずっと立派だし、それは彼自身が望みその手で掴み取ったもの。
どう考えてもあのロックウェルが自分に劣等感を抱く理由が見つからない。
「ロックウェルが俺を羨む要素が全くない」
だからそう言ったのに、ファルは楽しそうにククッと笑うばかり。
「本当に鈍いな。まあ俺はお前のそういうところも好きだけどな」
「…?」
「たとえば、自分にできないことを軽々やる奴を見たら、お前はどう思う?」
「…?普通に凄いと思うが?」
「自分でもやってみたいと思って挑戦してもできなかったら?」
「別に。自分には向いてなかったんだろうと諦める」
一体なんだろうと思いながらも素直に答えを返す。
「じゃああと少しでできそうなのにどうしても出来なかったら?」
「それなら努力してできるようになればいいだけの話だろう?」
「相手が羨ましいとかそういう風には考えないのか?」
「別に?だって相手と自分の努力や能力の差だろう?努力するしないは自分次第の事で相手は関係ないし、能力の差は羨んでも仕方がないから意味がない」
そうやって答えたら何故かまた豪快に笑われた。
「ハハハッ!だからだよ。お前にあいつの気持ちはわかってやれない」
「?」
「だからぶつかったんだって言ったらわかるか?」
さっぱりわからないが、ファルには何故か全てを見透かされているような気がした。
「よくわからないが、それは俺が悪いのか?」
「…そうだな。悪くもあり、悪くもない」
その答えに一体どちらだと思いながら、苦々しげに酒を煽る。
「まあ怒るなよ。一先ず冷却期間を置いてまた何かの機会に酒でも飲めばいいだろう」
「……無理だ」
もうそんな日が来ることは二度とないと肩を落とすクレイにファルが笑いながら酒を注いだ。
「本当にお前はロックウェルが好きだったもんな。落ち込む気持ちもわかるが、今は飲んで忘れろ!それから気持ちを落ち着けて、自分にできることをやればいいだけの事だ」
「ファル…」
「なんだったら景気づけに花街でも行くか?付き合ってやるぞ?」
「…それは単にファルが行きたいだけだろう?」
「ははっ!当たりだ」
その後も飲め飲めと酒を注がれ、クレイは苦笑しながらも暫し時間を忘れてその時間を満喫したのだった。
翌朝、クレイはどこか晴れ晴れとした顔で空を見上げていた。
ファルに無理やりつき合わされはしたが、色々話をして気持ち的には楽になった。
それなら自分がやりたいことをほんの少し、やってみようかと思った。
(結局…どこまでいっても俺はあいつが好きなんだ)
別にもう二度と会えなくてもいい。
でも何か力になれることがあればそっと力を貸したいと思う。
蟠りは消えないけれど、せめてそれくらいはやらせてほしい。
ただの自己満足になっても構わないから――――。
(まずは…そうだな)
恐らくロックウェルならライアード王子とシリィを接触させようとするだろう。
その際、揺さ振りをかけることは聞かなくてもわかる。
それから相手がどう出るか――――。
(念のため姉の身体が破壊されないよう魔法をかけておくか)
こっそりでいい。
少しでもロックウェルにとって有利に事が運ぶように。
できるだけ最悪の事態は避けられるように。
(それくらいはしてもいいだろう?)
向こうから嫌われていようとも、これくらいの干渉は許してほしい。
そう思いながらクレイはそっと柔らかく微笑んだ。
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