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27.アストラス王
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ザアザアと音を立てて―――冷たい…凍りつくような雨が降る。
その雨は王妃の出産の時から始まり、今もずっと心の中で降り続けている。
その雨が止む日がくることは…永久にない。
「陛下となかなか子が為せない…と悩んでおられました」
「これはお耳に入れた方がよいかと思いまして…」
そう言って幾人かの進言があったのを受け、妃に不貞にあたる行為があったのかと問い詰めた。
けれど妃はそれを認めず、泣きながら訴えたのだ。
「何を仰います!私は不貞などしておりません。そのような心ない者達の戯言と妻である私の言葉、陛下はどちらを信じてくださるのですか?!」
その姿はどうみても嘘をついているようには見えなかった。
だから信じたのだ。
けれど生まれた子を見て愕然とした。
「ほら。陛下と瓜二つの紺藍の瞳ですわ」
嬉しそうにそう告げる妃の言葉など最早耳には入らなかった。
確かに自分の瞳の色は王族所縁の紫と言いつつどちらかと言えば紺藍に近い色合いをしていた。
けれどそこには当然魔力が宿っている。
だからこそ分かったのだ。
この赤子に自分と同じ血は流れていない…と。
この者は魔力を宿してはいない―――。
何かの間違いだと思いたかった。
自分が愛して迎えた妻が不貞を平気で働くような女だとは信じたくなかった。
けれど目の前のその証拠に胸が張り裂けそうになってしまった。
それでも…もしかしたら次の子は我が子かもしれない。
それならそれで、理由をつけてそちらの方を王位につければよいではないかと一縷の希望を胸にやり過ごした。
それなのに――――。
その後も妃は次々と子を為したが、そのいずれも紫の瞳の子は生まれなかった。
それを受けて、もしや自分には子種がないのではないかとショックを受け…つい自暴自棄になってしまった。
その貴族の娘が自分の右腕に恋していると知りながら、今なら下賜と言う形で嫁がせてやれるぞと囁き、唆したのだ。
妻が不貞を働くのなら自分もしてもいいではないかと思った。
子種がないのなら何の問題もないではないかとも思った。
何もかもが全て嫌になって、ついそんな愚かな行動に出てしまったのだ。
その後、約束通りその娘を下賜と言う形でレイン家へと嫁がせてやった。
これで何も問題はない。
そう思った。
けれどそれから何年経った頃だろう?
ふと、自分の右腕に尋ねたのだ。
「そう言えばお前の子について聞いたことがなかったな」
そう言ったところで、普段は淡々と仕事をこなすその男が僅かに動揺を見せたのだ。
「…陛下のお耳に入れるようなことは何もございませんので」
「そうか」
それでも何故か心に引っ掛かるものを感じ、配下の者に言ってレイン家に小間使いを一人密かに送り込んだ。
何もなければそれでいい。
気の所為だったと思えばいいのだから。
けれどそこで判明したのは衝撃の事実で――――。
「すごく綺麗なアメジスト・アイの男の子がおりました」
そうやってうっとりとしながら小間使いの女は報告をしたのだ。
自分の右腕の男は大貴族ではあるが王族の血を引いているわけではない。
もちろん妻である女も。
そこから導き出される答えは…あの一夜でできてしまった我が子であるという事実。
それを知って、思わず歓喜に身が震えてしまった。
自分は子種をちゃんと持っていたのだ。
自分にも子は為せるのだと…不思議なほど力が湧いてくるのを感じた。
それからすぐに周囲が渋るのも聞かずに側室を迎えた。
そしてその妻から生まれた子は、確かに紫の…魔力を秘めた瞳を持ち合わせていたのだ。
嬉しかった。
思わず飛び上がりそうなほどに。
だから溺愛した。
それがいけなかったのだろうか?
新しく迎えたその側室は段々衰弱して、その命を散らせてしまったのだ。
産後の肥立ちが悪かったのでしょうと医師は言っていたが、裏で王妃と繋がっているのは明らかで…。
このままでは自分の子が殺されてしまうと思った。
だから目の届く場所で確実に守れるように、危ないことのないようにと真綿で包むがごとく守り続けた。
それなのに――――。
「陛下!王子がお倒れに!」
その言葉に足が震えた。
医師の見立てでは恐らく病ではあると思うが、呪いの可能性も捨てきれないとの事だった。
そんな苦しむ息子を前に、王妃が扇を手に言ったのだ。
「おお怖いこと。けれど皇太子が倒れたわけではないのは幸いでした」
その言葉に含まれた悪意の片鱗に怒りが湧く。
気が付けば魔力を暴走させている自分がいた。
「陛下!落ち着いてくださいませ!!」
そんな言葉がどこか遠くで聞こえたが、どうしても許せなくて…。
そのまま妃を爆風で吹き飛ばした。
それ以来妻は自分を恐れて自分には近寄らなくなった。
仮面夫婦はそれから今もずっと続いている。
「王子は息災か?」
「陛下!」
息子の居室へと足を踏み入れると、すぐに世話役が飛んできた。
「今日はお加減も良さそうでございます」
「そうか」
そう言いながら息子の元へと足を運ぶ。
すっかり寝台に横になってばかりいる病弱な王子と化してしまったその姿が痛々しい。
「父上」
そう言って満面の笑みで嬉しそうに笑ってくれる息子が可愛くて仕方がなかった。
「今日はルイが花を摘んできてくれたのです。ほら、綺麗でしょう?僕もいつか体調のいい日に庭園を歩きたいな」
「……そうだな」
そうは言ってもそんな日が来ることがないのはよくわかっていた。
息子はこの部屋から出ることすらできないのだから……。
「父上と並んで歩く庭園はさぞキラキラと輝いて見えるのでしょうね」
そうやって無邪気に微笑む息子に涙が出そうになる。
自分は可愛いこの息子に一体何をしてやればよいのだろう?
王位を血も繋がらない王子達に渡す気は一切なかった。
けれどこの子に王位を譲りたくても、体が弱くて王位にはつけないだろうと言われればそれまでだ。
この子を守りながら王位も守る…そんなことができないだろうか?
そう考えたところで、もう一人の息子の存在を思い出した。
(そうだ…)
あの子に王位についてもらえばいい。
そうすれば自分は隠居してこの可愛い息子と二人で生きていける。
王家の血も絶やさずに済むことができる。
そう考えたところですぐに動くことにした。
あの血を分けた子を城に引き取ろうと右腕へと声を掛けたのだ。
それなのに――――!
「申し訳ございませんが我が家は子に恵まれず…」
そんな答えが返ってきただけだった。
そんなはずはないとすぐに調べさせた。
確かにあの子はいたのだ。
何故隠すのか?
けれど調査させた者の報告を聞いて愕然とした。
あの子は家を出て、消息を絶ったのだと…。
その際夫婦の記憶も改竄していったらしい。
その話はその子の元乳母から聞き出した話ではあったが、高齢の為話も覚束ず、詳細まではわからないとのことだった。
これでは探すこともできはしない。
どこまで自分はツイていないのだろう?
そこからずっと…失意の底にいたのだが――――。
***
魔道士長が向かった森の方から凄まじい魔力の放出を感じた。
その凄まじさは魔力を有する者を驚かせるには十分なものだったが、魔道士達は皆、ロックウェルが封印を解きに行ったと知っていたためそれほど騒ぐことはなかった。
力ある黒魔道士の封印を解きに行くと言っていたのだからそれはそうだろう。
けれど自分には確かに感じられたのだ。
(この波動は―――!)
思わず涙がこぼれ落ちる。
自分の中の魔力が共鳴して震えている。
始祖レノバイン王の魔力の片鱗を感じて――――。
(生きていた…)
あの子だと…そう確信している自分がいた。
会いたい…。素直にそう思った。
今更かもしれない。
生きていればあの子ももう二十歳をとうに過ぎているだろう。
立派な大人になっているあの子を今更王位に迎えるというのは周囲は受け入れないだろう。
昔の自分の勝手さに…後悔ばかりが込み上げる。
それでも、ただ会いたいと思った。
自由に生きたいと言われればそれもまたいいと思える今の自分がいた。
だからサシェの件が落ち着いたら一度呼ぼうと思っていたのに――――。
「紫の瞳ではなかった…と?」
その報告を受けて思わず訝しげに問うてしまった。
「ええ。彼の目は碧眼でした。確かに魔力の高さは一級品でしたが…」
その言葉にどうしても納得がいかなかった。
間違いではないのかと思い、他の魔道士達にも確認したが、サシェを元に戻す場にいたという者達は口を揃えて彼の目は碧眼だったと言い切った。
これは一体どういうことなのだろう?
自分が感じた気は勘違いだったとでもいうのだろうか?
(そんなはずはない)
では封印されていたという魔道士と今回の魔道士は別人なのか?
(これはすぐに調べねば…)
別人ならそれはそれでいい。
あの時の気を放った魔道士の方を探せばいいのだから。
「ショーンを呼べ」
王は調査の為、そっとその名を口にした―――――。
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