アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
1
-
その年上の男との関係は、こんな一言で始まった。
「キミ、お尻可愛いね」
大学を出て、駅に向かう途中でのことだ。
「は?」
突然の言葉に振り向くと、そこにいたのは高級そうな3つ揃えのスーツを着た男。
日焼けしてねぇ白い顔、上品に整えられた髪。服もそうだけど、履いてる革靴もピカピカで、いかにもエリートって感じの社会人だ。
なのに、言ってることは残念でギャップが激しい。お尻可愛い、って。何だソレ?
けど、ソイツはオレの困惑なんか気にしねーで、ぐいぐい来る。
「いいよ、すごい可愛い。うわ、こんな可愛いお尻、初めて見た」
真剣な顔で言われて、すげー怖ぇ。1歩後ずさると相手も1歩踏み込んで来て、距離が開かねぇ。
つーか、後ろに回り込もうとすんなっつの。
「あの、オレ男だけど」
見りゃ分かることを敢えて言うと、「分かってるよ!」って力説された。
「女の尻なんて興味ない。それよりキミだ。ああ可愛い。……触っていい?」
「いい訳ねーでしょう」
さり気にカバンで尻を隠しながら逃げると、ぐいっと腕を掴まれた。同時に「きゃー」と声が上がって周りを見ると、同じ大学の連中が遠巻きにオレと男を眺めてる。
こんな場所でこんな会話してりゃ、目立つのも当然だ。
とっさに掴まれた手を振り払おうとしたけど、ますます強く握られて離れねぇ。
ひょろっとした外見なのに、意外に握力が強くてビビる。戸惑ってると、いつの間にか両手で拝むように握られた。
「逃げないで」
って。いや、そっちこそその手を放せっつの。
ギョッとして一瞬固まった隙に、手の中に何かがカサッと握り込まれる。メモみてーな小さな紙片じゃなくて、何か、札っぽい?
「な、何……?」
ビビりながらそっと覗くと、万札らしいものが見えて鳥肌が立った。
そうしてる間に、外野はどんどん増えてるみてーで、「あれ、誰?」「ほら経済学部の……」とか噂されてんのが耳に入る。
「屋島が男をナンパしてんの?」
って。逆だっつの。勘弁してくれ。
手の中の紙幣なんか見られたら、余計にヤベェ。
まさか、それを狙ってんじゃねーだろーな? 無害そうに笑ってる相手をじろっと睨むと、きょとんと首をかしげられた。
「きゃー、見つめ合ってるー」
そんな心外なヤジに、イラッとする。見詰め合ってんじゃねーっつの。睨んでんだろ? どうしたらそんな風に見えるんだ!?
「ちょっ……あの、ここじゃちょっと」
赤面しながら苦情を言うと、今度は肩を掴まれた。
「そうだね。人目のないとこで話しようか」
「いや、話も何も……」
逃げようとしたけど、肩を掴む手が強くて逃げらんねぇ。「放せ!」って怒鳴ってやろうとしたけど、その前に周りの野次馬の視線が気になる。
手の中の万札も気になる。
「こっち」
「いや、そうじゃなくて」
「いいからいいから」
にこっと笑いながらも、ぐいぐいオレを引きずる男。
どこ行くのかと思ったら黒塗りのデカい車に乗せられて、高級ホテルに連れ込まれた。
途中で逃げようと思ったけど、「受け取ったよね」ってにこにこ顔で囁かれたら、ろくに抵抗もできなかった。
案内されたのは、ベッドが1つの割に妙に広い部屋だった。
ダブルか何か分かんねーけど、とにかく横幅の広いベッド。重厚な家具に、ミニバーまである。
ヤベェ、って思ったのは勿論のことだ。
尻はヤベェ。
突っ込む方はともかく、突っ込まれんのはムリだ。いや突っ込むも何も、女とだって経験ねぇっつの。
「ここなら静かでしょ?」
くすっと笑みを浮かべながら、部屋の入り口に鍵をかける男。
金を握らされ、丸め込まれてここまで連れ込まれて、我ながらちょっと情けねぇ。
つーか、コイツの方が一枚上手ってことなんだろうか?
無害そうな顔して、もしかして相当遊んでる?
じりっと後ずさるオレに、ソイツはにっこりと微笑んで、今更のように名を名乗った。
「ああオレ、衣山優也です。キミは?」
名刺を渡されんのは初めてで、どうすりゃいーのか困惑する。
肩書きを見ると、取締役副社長って書かれてて、それにもまたギョッとした。しかもキヌヤマ、って。一流企業だよな。あそこ、ファミリー企業だったっけ?
「あー……オレは屋島章」
名乗りながらも、やっぱ困惑は隠せねぇ。差し出す名刺もねー時は、学生証でも見せるべきか?
けど、そもそも「お尻可愛い」なんて言ってくるヘンタイに、そんな対応必要か?
「じゃあ、屋島君」
オレの手を再び両手で握り、衣山さんがにへっと締りのねぇ笑みを浮かべた。
「お尻、見せてください」
「はっ!?」
自己紹介から突然そんな要求に切り替わり、ついて行けなくて絶句する。
「受け取ったよね?」
こてんと首をかしげて指摘されんのは、まだ手に握ったままの万札だ。
「いや、返す」
ぐっと右手を突き出すと、「ムリだ」ってツンと顔を背けられた。
「契約不履行は、認めない」
って。勝手に金を握らせといて、そんな主張はアリなのか? まさか、と思うけど、法律には全く詳しくなくて、もっと勉強しときゃよかったって、後悔した。
「……見るだけ?」
恐る恐る訊くと、にこっと無邪気に笑われた。
「Yes」とも「No」とも言わねぇ、無害そうな笑みが怖ぇ。貞操だけは、断固守ろうと思った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1 / 10