アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
マリエ・シンプソン …5
-
マリエが新たなバラを用意し作業を始めたのは、20時の鐘が鳴った頃だった。
明日のお披露目会までには確実に元通りにしなければならないため、帰り支度をしていた庭師たちを呼び止め、共に作業をすることになった。
庭師たちと作業分担を確認していた時、そこに1人の従事姿の男がやって来た。
その姿を見た庭師たちは畏まって頭を下げる。
(誰か偉い人なのかな?)
従事の格好をしていても貴族出身の者がいることはマリエも知っているので、皆に倣ってとりあえず頭を下げる。
「お疲れさまです。……で、荒らされた花壇というのは?あぁ……なるほど」
従事はそう言いながら、花壇の前に立った。
「それで、この花壇の担当者は?」
従事が皆を振り返る。
「あ、私です」
マリエが一歩前に出ると、従事はマリエを上から下まで見定めるように視線を動かした。
「あなたが。……確か、シンプソン伯爵のご息女と」
「はい。マリエ・シンプソンと申します」
(何この男?私のこと睨んでない?気持ち悪いし、偉そうだし。私が王太子妃になったら、すぐに辞めさせてやる)
そんなことを考えながらマリエが頭を下げると、従事は「分かりました」と一言発した後、マリエに帰るよう促してきた。
「えっ?だけど、今からこの花壇を元に戻さないと……」
「それは庭師の仕事です。こんな夜遅い時間に伯爵令嬢にやらせる訳にはいきませんので」
「でもっ」
「シンプソン様。ここは王妃様の管轄下です。その王妃様が"そのような事はないように"と仰せなのです。それに今、この王宮の中には国賓の方が多数いらっしゃいます。普段より、目も口も多いのです。変な噂が立たぬよう願います」
「っ……分かりました。あの、植え替えるバラはこちらに準備してますので……」
マリエはそう言って、後ろの荷台を指差した。
「……えぇ。分かりました」
「では……失礼いたします」
マリエは淑女の礼をして、バラ園を後にした。
(王妃様の名前出されたら帰らない訳にはいかないじゃない!あいつら、ちゃんと綺麗に植え直してくれるのかしら?……まぁ何にせよ、あのバラを植えてくれさえすれば問題ないわ)
帰りの馬車の中でマリエはそんな事を考えた。
マリエがここまでバラを植えることに必死なのは、ゲームの知識によるものである。
ゲームの最後ーー
愛を誓い口づけを交わす二人のスチルの後"Happy end"の文字が出るのだが、その背景にバラが写るのだ。
そのバラは"マリーの植えたバラ"ではないか、という話が、ファンサイトで語られた事がある。
あくまでファンサイトでのことなので、公式発表ではないが。
ただマリエはそれを疑わなかったし、何よりストーリー的にしっくりくる。
だからこそ、マリエは自分のバラを植えることに必死なのだ。
ハッピーエンドの背景に必要なのだから。
伯爵家に戻り就寝の準備をする間、マリエはずっとニヤニヤを抑えることはできなかった。
侍女にかなり気持ち悪がられたが、そんな事は気にならないほど幸せだった。
「うふふ……あぁ!邪魔者はゲームの通りに牢獄行き!明日は邪魔されずにエンドを迎えられるわ!!……あぁ!神様!ヒロインに転生させてくれてありがとう!」
ベッドの中、マリエは高揚して眠れそうになかった。
前世と今世。
今まで起こったことを思い返しては、一人でニヤニヤしていた。
そしてふと、ある事を思い出す。
それは、前世での最後の記憶。
"恋の花"のスマホ版が公開された日。
車で花を配達した帰り道に我慢できずにスマホを開いて、運転しながらゲームを開始した。
そうして、主人公の名前を入力しようと目線を下に落とした直後……
「あいつが"そう"なのかは分からないけど……あの目、忘れない!私の車の前に飛び出してきたあいつの目とそっくりだった!……クソ!あいつのせいで私の前世は終わったのよ!!ムカつく!!」
そう言いながら、マリエは枕を殴る。
「でも……もしそうなら、仕返し出来たってことじゃない?……うふふふ、ふふ!あはは!!神様!サイコー!」
そんな調子で、マリエが眠ったのは明け方近くになってからだった。
だいぶ陽も高くなった頃、マリエが起きてから一番に確認したのは、マリエ宛ての荷物が届いていないかという事だった。
「何でドレスが届かないの?」
昼になっても、王宮から贈り物どころか紙切れ一つ、伝言一つ届かない。
貴族の参加するパーティは、夕方からである。
時間だけが過ぎて行き、囃し立てられるようにしてシンプソン伯爵の準備したドレスを身につけたマリエは、それまでの高揚した気分が徐々に下がっていくのを感じていた。
ギリギリの時間になってもアルフレッドは来ない。
かろうじてゲームと同じ色であるピンクのドレスを着たマリエは、義理父にエスコートされて王宮へと登城した。
この時まだ、マリエは信じていた。
舞踏会が始まるまでにアルフレッドが来てくれると。
ここは"恋の花"の世界。
主人公はマリエ・シンプソン。
マリエはアルフレッドルートでハッピーエンドを迎える。
そう、信じて。
それが叶わないとも知らず。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
150 / 166