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26.(side.冴木)
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そして、綺羅を呼び出した放課後。
「くそっ、話なっげぇんだよ……」
こんな日に限って、話の長い教頭に捕まってしまうという不運。
早足で数学準備室にむかう。
折角綺羅と接触できる機会なのに。
帰ってしまっているんじゃないか、なんて柄にもなく焦る。
帰っていれば、明日呼び出せばいいだけのことなのに。
ーーーーあの、儚げな後ろ姿が、どうしても頭から離れなくて。
……そもそも、"儚い"って、男子高校生に使う表現じゃねぇよな…。
でも、本当にその言葉がぴったりなんだ、あいつを表すには。
そうして、ようやくたどり着いた数学準備室の前で。
ぞくり、背筋が冷えた。
目に映ったのは、
窓から身を乗り出す、綺羅で。
「ばっか、だからお前、あぶねぇって!!!」
本能的に、綺羅を引き戻す。
前と同じように、あっさり引き戻された綺羅に、焦りは見えない。
ただ、こちらをじぃっと見ているだけで。
その見えない表情で、一体何を考えているのか。
中に招き入れて、何かいうことはないのか尋ねても、ぺこりと頭をさげるだけ。
……よっくわかんねぇ。
ほんとに、なに考えてんだ?
そう思っていた時。ふと、目が合った、ような気配。
すると、その口は開かれて。
「………きれい」
ただ、ひとこと。
そう呟いた。
………は?
こいつ、喋った?
しかも"きれい"って………。
気恥ずかしいような、嬉しいような、なんとも言えない気持ちになる。
てかこいつ、喋るのか。
そりゃそうだよな、歌うんだから、喋るにきまってる。
………やっぱり、透きとおっていて、きれいな声。
もっと、しゃべればいいのに、ってそう思った。
けれど一方、綺羅は。
自分が喋ったことに気付いた途端、真っ青になって、しゃがみこんだ。
慌てて近付けば、過呼吸になっていて。
抱き寄せ、背中をなでて、呼吸を促す。
その背中は、汗でぐっしょり濡れていて、震えている。
ーーー尋常じゃない、怯え方。
……どうなってる?
もしかして、綺羅は"喋らない"んじゃなくて、"喋れない"のか………?
そうしているうちに、意識を失った綺羅を抱き上げると、びっくりするくらいに軽くて。
………腕の中に抱えているはずなのに、今にも消えてしまいそうで。
抱きかかえる腕に、力を込める。
すると、応えるように意識のない綺羅がすり寄って来て。
ーーーーこの手を、離してはいけない気がした。
それから。
綺羅が、熱を出して。
折しも、綺羅が親に捨てられたらしいことが判明して。
綺羅が虐待を受けていたらしいこともわかって。
俺の家に連れてきて。
全部、あっという間の出来事だった。
なのに。
その間に交わした、短い言葉も。
その、きれいな瞳も。
意外とコロコロ変わる表情も。
どれもが俺を、惹きつけてやまない。
俺は教師だから、生徒のことは、みんな可愛い。
けれど、綺羅に対する"可愛い"という感情は、それとは明らかに違う気がする。
そもそも、担任でもないのに、こんなに厄介ごとをかかえた生徒に干渉するなんて、本当に俺らしくない。
警察に連絡するわけでも、担任に報告するわけでもなく、ただ手元に置くこの行為が、どれだけ危険かわかっているはずなのに。
その、笑顔を手放したくないと思う。
これは、なんなのか。
綺羅が苦しそうにしていると、胸が苦しくなる。
嬉しそうな顔を見ると、もっと喜ばせたいと思う。
腕の中で安心しているのがわかると、嬉しくなるし、もっと甘やかしたくなる。
幸せになってほしい、そしてなにより、
ーーーー"俺のすぐそば"で、しあわせに、なってほしい。
こんなにも1人の生徒に入れ込むなんて、だめだとわかっていても、自分の行動をおさえられない。
………衝撃的なところをみすぎてしまったから?
それとも、その儚さに庇護欲を感じてしまっている?
これは、同情?
けれど。
きっと、それだけじゃない。
だって、綺羅といると、落ち着かないのに、落ち着く。
この感情は、一体。
それでも、この状況はどうにかしなければ。
そう思うのに。
へにゃ、と俺が作った料理を食べて笑う綺羅を見て。
やっぱり、どこにも行かせたくない。
…いかせ、られない。
強く、そう思った。
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