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今まで、そんな風に思ったこと、なかったけれど。
1日1日は、ちがっていて。
そのそれぞれが、かけがえのない、代わりの存在しないものだと、そう、一度理解してしまえば、瞬く間に、日々は過ぎていってしまう。
勉強会は、あっという間に終わってしまった。
あれから、黒崎くんとふたりきりになることもなかったし、2人だけで話すこともなかった。
ただ一度。
ぼくが、充さんと話した次の日。
『言った通りだっただろ?』
内緒話をするみたいに、小さい声でそう言って、黒崎くんは、小さく笑った。
それだけ。
「終わり。ペンを置くように」
その声で、テストを伏せ、ペンを置く。
テストが回収されると、教室を覆っていた緊張感が、一気にほどけていった。
…………おわった。
ほぅっ、と肩に入っていた力が抜ける。
今までで、きっと1番勉強して、けれど、今までで1番、緊張した、テスト。
……"ごほうび"、もらえるかな。
すこし、自信はあって。
けれどまだ、確定じゃない。
結果がわかるまで、まだあと少し。
そわそわする胸をかかえて、家に帰った。
陽が差し込む、まだ明るい室内には、まだ誰もいない。
…………この家に、ひとりでかえってるのは、はじめてかもしれない。
最初は、家まで送ってもらっていたし、最近は、遅くまで勉強会をしていたから、家に帰れば、もうすでに、ひとがいた。
いつだって、"帰ってきていいんだよ"っていってくれるみたいに。
"おかえり"と、そう言って、迎えてくれた。
しんと静まりかえる空間は、ここにくるまで、ぼくの日常だったのに。
充さんと、会ってから、もうすっかり"非日常"になってしまっていて。
誰もいない静かな空間だって、"うたを歌える自由な場所"から、"すきなひとがいない、寂しい場所"に、カタチを変えた。
するりと、窓を覆うカーテンを開ける。
その隙間から覗く空は、晴れ渡っていて、すごく綺麗だけれど。
『綺羅』
あの、あおのほうが、ずっとずっと、何倍もきらめいていて、まぶしい。
ぼくのせかいの中心にあったものは、どんどんその地位を追われて。
充さんが、その中心を、奪っていく。
最初は、充さんの目を見て、"空みたいだ"と思ったのに。
今では、空を見て、充さんを思い出す。
新しく知る、どんなものも、刺激的で新鮮で。
けれど、そのどれも、決して充さんには、叶わない。
充さんが言ってくれたみたいに、これから、どんどんぼくの世界がひろがっていくのだとしたら。
広がったぶんだけ、ぼくは、"どれだけ充さんが好きか"をかみしめることになるんだろう。
充さんは、きっと、ぼくがこんなに充さんのことが好きだって、知らないとおもう。
だけど。
名前で呼ぶと約束した、次の日。
つい、癖で、『先生』とかきそうになったとき。
充さんは、
『充ってよべ』
そう言って、その名前の由来を教えてくれた。
すごく嬉しくて、ドキドキして、うまく反応できないぼくを抱きしめて。
優しいだけでも、甘いだけでもない、少し切羽詰まった表情で。
『俺は、お前がおもってるより、ずっとずっと、綺羅のことが好きだよ』
そう、言ってくれたから。
ぼくと、充さんは、全く同じことを考えているのかもしれない。
そう思うと、胸の中の不安すら、吹き飛んでしまう気がした。
ただ、少しだけ。
ひっかかるものが、あって。
充さんの名前の由来には、たくさんの"愛"が、詰まっていた。
きっと、充さんのことを考えて、大切に、大切に考えた名前なんだろうな。
充さんも、その名前を大事にしているのが、すごくよくわかった。
ーーーーじゃあ、ぼくは?
それは、ふと湧いた、疑問で。
愛。めぐむ。
ひとから、この名前を呼ばれたことなんて、数える程しかなくて。
この名前は、誰につけてもらったのかも、なんでこの名前なのかも、まったく、わからない。
だから、ぼくにとって、この名前は、ほかの"綺羅"さんとぼくを、区別するためのものでしかない。
それがすこしだけ悲しいなって、はじめてそう思った。
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