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69.
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ガンッ。
凄まじい音とともに、倒れ込んできたオトコノヒトに、頭が真っ白になる。
その重みに耐えきれなくて、倒れ込んだまま、呆然と天井を見つめた。
…………なにが、おこったの。
いつも通りに、歌っていて。
そうしたら、とびらが、あいて。
振り返れば、オトコノヒトが、立っていて。
顔も、声も、見られて、聞かれてしまって。
…………おこ、られる。
そう、思ったのに。
『ごめん』
落とされたのは、暴力でも、耳をふさぎたくなるような、言葉でもなくて。
謝罪と、それから。
『ごめんな、めぐむ』
初めて呼ばれた、ぼくの名前。
そうして、不器用にのばされた手は、信じられないことに、ぼくの頭をゆっくりとなでていって。
…………こわくないと言ったら、嘘になる。
これで、オトコノヒトにされたことを、忘れられるのかといわれれば、忘れられない。
この人と、もう一度やり直せるかと聞かれたら、きっと、もう、できない。
それでも。
それでも、はじめて呼ばれた名前と、謝罪は、ぼくにとって、おおきな、意味があって。
オトコノヒトが、こぼした涙には、意味があった。
ぼくが、帰りたい、場所は。
"帰ろう"と思う場所は。
もう、オトコノヒトのところじゃないけれど。
それでも、うれしかった。
ずっとずっと、おくふかく。
埋まりきらなかった、ふさがりきらなかった、穴が、うまったような、そんな気がして。
だって、はじめて、オトコノヒトが、ぼくを見てくれた気がした。
はじめて、"ぼくという存在"が、認められた、気がした。
だから、その衝撃で、いまの状況をわすれてしまっていて。
そう、ぼくは。
「綺羅から、離れてくれる」
ダンッ!!!
オトコノヒトを、大切そうに抱きかかえる、彼に閉じ込められていたのに。
きっと、さっきのあの瞬間は、逃げられる、絶好のチャンスだったのに。
「…………ッ、けほっ、…………げほ、ぅ……」
壁に強く打ち付けた衝撃で、にじむ視界に、ふたりがうつる。
「ごめんね、綺羅。いたかったよね。」
そう言って、そうっとオトコノヒトの頭を撫でる、その手つきは、オトコノヒトを殴ったのと、同じ人だとは、とても思えない。
そうして、彼はこの状況にはとても似合わない、いとおしそうな、慈愛に満ちた笑顔を浮かべて。
その表情で、その、うでで。
「でも、もう大丈夫だから」
ぐったりしているオトコノヒトの腕を、縛り上げた。
ぼくは、ぐちゃぐちゃで、まとまらない思考の中で。
ただただそれを、見ていた。
もう、どうしていいのか、わからなくて。
なにがおこっているのかすら、整理できなくて。
…………こわい。
「………………た、すけて」
充さん。
その声は、誰に聞かれることもなく、薄暗い部屋の中に、とけていった。
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