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2.Blackout…(リクエスト)
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昨日、この前の騒動でのことを根に持っていた不良生徒が奇襲攻撃を仕掛けてきた。相手は一人だったが鈍器を手にしていて、死角から急に姿を表したのだった。
咄嗟のことで対処することのできなかった俺を、隣にいたハルが庇った。顔を青ざめた相手はすぐに逃げていったが、俺はそいつを追うこともせず、倒れ込んだハルに何度も声をかけた。
この前頭を負傷したばかりだと言うのに、また俺のことを庇ってハルが倒れるなど思ってもみなかったことだ。不幸中の幸いで血は出ていなかったが、気を失ったハルは目を覚まさなかった。
虎次郎に連絡を入れて、すぐにハルの父の病院へ連れていくことになった。
ハルの父曰く、命に別状はないし、今回は傷もないからすぐに家に帰れるだろうとのことだった。また何度も謝罪を繰り返すハルの父を宥め、ハルのいる病室へ向かう。
病室へ入ると、ハルは今丁度目を覚ましたようで、何故か病室内をキョロキョロと見渡していた。
「悪い…また、俺のせいで」
「君は…誰?」
耳を疑う。ふざけてからかっているのだろうか。しかしそういった風にも見えない。
「何、言って…ふざけるのも大概に」
「さっき来たのは俺のお父さんかな…君は、俺の知ってる人?」
「本気で…言ってるのか?」
どうなっているんだ。ハルが俺のことを忘れてしまった?俺は、おかしなことを言うハルを見つめたまましばらくそこを動くことができなかった。
その後ハルの父がやって来て、個室でハルにいくつかの質問をしていた。ハルの父の話によると、ショックによる記憶障害だそうだ。自分の家族構成などは何となく分かるが、記憶が断片的にしか残っていないらしい。
何か強いショックやきっかけがあれば回復の見込みもあるかもしれないとのことで、「私と一緒にいるよりは、君といた方がいいだろう」というハルの父の言葉に従い、今日は取り敢えず二人で家に帰ることになった。
記憶喪失なんて、実際に起こりうることだとは思っていなかった。だから俺は、この現状を少し軽く見ていたのだ。庇わせてしまった責任を取って、回復するまで面倒を見よう。ただそれだけの考えだった。
………………
ハルは、自分の家に着いたというのにずっと落ち着かない様子だ。
「…どうかしたか」
「いや…高校生が暮らすには広い家だなと思って…俺たち、男二人でここに住んでたの?」
「ああ…まぁ、そうだな」
「じゃあ、よほど仲の良い親友だったんだね」
「……そうでもねえよ」
苦しい。ハルは本当に何も覚えていないのか。〝親友〟という表現に胸が痛くなった。
「えっと、君は…」
「双木」
「違うよ、下の方の名前」
「っ……勇也」
「ユウヤくん…どういう字を書くの?」
「勇ましいっていう字に…なりって書いて、勇也」
「へえ、かっこいい名前だね。ユウヤ…声に出すと、なんかいい感じ。ごめんね、変な事言って」
記憶を失ったハルは、あの黒い部分が無いせいかとても純粋で優しかった。その純粋なハルからユウヤと呼ばれるのも違和感があってなんだか気持ちが悪い。
「じゃあ、ユウヤって呼んでもいいかな。なんだか、そうやって呼んでいた気がする。この音がなんとなく頭に残ってるんだ」
「好きにしたらいい…」
「ユウヤは、俺のことを遥人って呼んでたのかな?」
「いや……ああ、そうだな、遥人って呼んでた」
「よろしくね…ユウヤ。すぐに思い出せるように頑張るから」
こいつは、遥人であってハルではない。何も知らない。だから、こいつのことをハルと呼ぶのは少し抵抗があった。皮肉なことに、ハルが嫌っていたその名前で呼ぶことになってしまったが。
「お前の部屋はこっち…俺は隣の部屋。飯はいつも俺が作ってるから、できたら呼ぶ。分からないことがあったら__」
「ご飯作ってるところ、見ててもいいかな」
「は?なんでそんな…」
「迷惑じゃなければ、まだ聞きたいこと沢山あるから…」
「ああ…別に、構わないけど」
遥人は記憶が無いと言うのに、そのことに関してはやけに落ち着いていた。そんな簡単に受け入れられるものだろうか。俺ですらこの現状を受け止めきれていないというのに。
「ユウヤは、本当に料理上手なんだね…そんな見た目だから最初は怖い人かと思ってたけど、意外と家庭的」
「そんな見た目って…」
「あ、気を悪くしたらごめんね」
「別にいい。あいつはもっと…」
「あいつ…?」
「いや、何でもない」
ハルにはもっとデリカシーが無い。俺に対しては気を遣わないし、思ったことをすぐ口に出していた。セクハラなんて日常茶飯事だし、隙あらば何度も愛を囁く。それが、俺の知っていたハルだ。
「俺って、彼女とかいた?」
「…何でそんなこと聞くんだ」
「気にならない?そういうの。なんか、心のどこかにひとつ凄く大きな穴が空いてる気がするんだよね。思い出そうとすると凄く暖かくて愛おしいっていうか…」
「…気のせいだ、きっと」
「また変なこと聞いちゃったね…ごめん。ねえ、俺とユウヤはいつもどんな話をしてたの?」
俺とハルの会話といっても、主にハルが話しかけてきていたからすぐには出てこない。
「別に、他愛もない普通の話だ」
「ユウヤは結構ドライなんだね。俺とユウヤはどうして仲良しになったんだろう」
「だから、仲良くないって…」
「仲良くないのに一緒に住んでたの?何かあるでしょ、お互いの好きな物が同じとか…」
「…俺は、あいつの事を何も知らない。だからもう…」
「…ごめんね」
違う、謝るのは俺の方だ。俺は本当にハルのことをあまり知らない。これから知っていこうとしていたところだったんだ。
俺たちの関係には名前が無い。けれど、親友という言葉で片付けていいものでもない。今の俺と遥人の関係には、なんという名前を付ければいいのだろうか。
「…すごく美味しい。懐かしい感じがするな…」
「まあ、昨日も食ってたからな」
「毎日、君…ユウヤが?」
「ああ。あいつは、最近ようやく簡単なものが作れるようになって…」
「また質問して悪いけど、俺ってどんな人だった?簡単で構わないから」
「お前は…良い奴だったよ、いつも優しくて、頭が良くて」
嘘だった。頭が良いのは本当だが、優しいのはいつもではない。でもきっと、このままいけば遥人は優しくて、頭の良い、凄く良い奴になる。きっとみんなが遥人のことを好きになるだろう。誰もハルとの違いなんて気づかない。表面だけで演じていたハルが、本当の遥人になっただけの話だ。遥人は、俺と一緒にいるには綺麗すぎる。
「ユウヤは…俺のこと、好きだった?」
持っていた箸がカチャンと音を立てて落ちる。慌ててそれを拾い上げるが、動揺は隠せていない。一体どうしてこんな質問をするのだろう。
「な…それは、どういう…」
「いや、普通に…そんなに仲良くないって言うから…」
「普通だよ…友達。ただそれだけだ」
「そっか…そうだよね」
遥人は悲しそうな顔をした。あの冷たい瞳でもなく、暖かな眼差しでもない…遥人の目は、何も知らない、潔白の目だった。
食器を洗っていると、遥人は何も言わずにそれを手伝った。この辺りはハルよりかは優秀だなんて、そんなことを思ってしまう。
考え事をしながら包丁を洗っていると、うっかり指先を切ってしまった。
「いっ…」
「どうしたの?大丈夫?」
「少し切っただけだ…いってぇ」
「見せて」
「あ、おい…」
痛みに顔を歪める俺の手をとって、遥人はそれを清潔な布巾で包む。遥人がじっと見つめていたのは、手元ではなく、俺の顔だった。
「…どうして、そんな顔をするの?」
「そんな顔…?」
「あっ…いや、ごめんね、なんでだろう、俺…」
「どうした?」
「俺、今すごく最低なこと考えてた…ごめん、あまり見ないでほしい」
遥人はふっと目を伏せる。じわじわと痛むのは切れてしまった指でなく、やはり胸だった。
違う、ハルはそんなんじゃない。お前はハルじゃない。別の誰かだ。
誰がハルを消してしまった?
誰のせいでハルがいなくなってしまった?
ハルを返せ
俺のせいだ…俺の
遥人の記憶は、一週間経っても回復しなかった。遥人はもう、遥人としての人生を受け入れ始めている。
ある日の晩、俺は遥人の部屋にそっと入った。遥人の寝顔は穏やかで、それを見ただけならなんらハルと変わりなかった。でも違う、遥人はハルじゃない。だから〝ハルとしての生き方〟に縛られてはいけない。
遥人はこれから普通に生活して、皆に愛されて、誰かと幸せになるんだ。この先家庭のことを知って思い悩むこともあるかもしれない。それでも、遥人の中に〝双木 勇也〟という存在への気持ちはもう無い。このまま友達なんて続けていられるはずがなかった。
遥人の髪をそっとかき分けると、小さく唸って寝返りを打った。それが微笑ましくて、胸が痛くなる。ハルがしていたように、遥人の額に優しくキスを落とす。
「ごめん、遥人…」
何も持たずに、家を出た。遥人のベッドサイドに、ハルの父と虎次郎を頼るようにメモを残して。遥人が起きないように、静かに家の扉を開く。冷たい小笠原の表札を指で撫で、最期の言葉を送った。
「じゃあな、ハル……」
さようなら、愛しい人
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リクエスト:勇也を庇って遥人が
記憶喪失になる より
(続きます)
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