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2.Blackout...②(リクエスト)
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行く宛はどこにもない。何も持たない、何も必要が無い。どこを目指すのかもわからないまま、ほの暗い夜の道をぼうっと眺めた。家から一歩、また一歩と離れるたび、胸が張り裂けそうになる。未練たらしい自分の心が嫌になった。
あいつは決して善人ではなかった。最初こそ顔を見るのも嫌だったはずなのに、いつしか俺はハルの中に取り込まれていた。本当のハルを知っていたのは俺だけなのに、こんなにも簡単に消えていってしまうのか。
ハルの全てが俺でなくても、俺の全てはハルだった。全て失った俺には、この先どうしようもない。天国にも地獄にも、ハルはいない。ハルがいるのは俺の心のなかだけだ。
涙をのんで、ぐっと足を踏み込む。想いも記憶も全てかき消すように、強く歩き出した。
そんなとき、後ろからパタパタと足音が聞こえてくる。まさかとは思ったが、振り返らずに進もうとすると、手首を強く引っ張られた。
「どこに行くの、ユウヤ」
「っ…どこにも行かない」
「嘘…ユウヤは嘘をついてる」
「嘘じゃない。離せよ…」
「俺の前から、いなくなろうとしてる」
先にいなくなったのはハルの方だ。俺は、ハルに謝るために、ハルに一番近い所へ行こうとしている。そこへ行っても、会える保証などどこにもないが。
「本当は俺のことを、なんて呼んでたの?」
「だから…遥人だって」
「違う!…君の声は、そんな音で喋らない。もっと暖かくて…優しい」
「何が分かるんだよ…お前は遥人、それ以外のなんでもない」
「ちゃんと俺を見てよ!」
「見てるだろうが!」
「違う、ユウヤはずっと違う人を見てる。俺の中に、誰を見てるの?」
俺が、遥人のなかに見ているもの…?
「あいつは…ハルは、お前とは違う」
「はる…?そう呼んでいたの?」
「あいつはいつも優しくなんかない。最低で非道のクズ野郎で…けど気まぐれに優しくて、無駄に重くて…俺なんかのことを庇って勝手にいなくなった!ハルは…こんな俺のことを…」
この世の誰よりも、愛してくれていたのに。
「ユウヤ、そんなに泣かないで」
聞いたことのある言葉、けど、違う。
遥人はその綺麗な指で俺の涙を掬った。
「お前は…ハルになろうとしなくていい。遥人でいい。だから、俺のために生きるハルとは違う」
「変わらないよ。変わらない…そうしたら俺もユウヤのために生きるよ」
「違う…俺はハルのために生きられても、お前のためには生きられない。俺とお前の間には何も無い」
遥人は苦しそうな顔をして、手首を掴む力をぎゅっと強くした。
「ユウヤを、一人にさせたくない」
「何、で…それ」
「わからない…けど、ずっとその思いだけ残ってる」
「でも、ハルがいないと俺は…」
「俺がいるよ。俺達がお互いどれくらいの仲だったかは知らない。けど、俺はユウヤと一緒にいたい」
ダメだ、遥人に自分の気持ちを押し付けては。そうしたらハルを忘れてしまう。
「ねえ、ユウヤ。男からこんなことを言われるのは気持ち悪いかもしれない。けど…俺はユウヤが好きだよ」
「どういうつもりで言ってるんだ…俺たちの間には何も無い。俺とハルとの間にも…何も無かった、それでいいだろ!」
「ユウヤとハルの間に何も無くても、俺は君が好き。手を切った君を見たとき、変に胸が苦しくなった。でも、この胸の温かさはきっと…ハルも君が好きだったよ」
「うるさい!それ以上…それ以上何も言うな」
痛い、痛い、胸が痛い。俺は期待しちゃいけない。ハルが戻ってくることを。遥人に情を移したら、また俺は何かを失ってしまう。
「ユウヤはハルが好きだったのかもしれない。俺はハルとは違うのかもしれない。それでも…好きになったんだ」
「だ…めだ、そんなの…お前は、俺なんか好きになっちゃだめなんだ」
「俺はハルじゃない…だから、重ねて見ないで…今だけは俺を、遥人を見て」
「でも…もう…ハルは…」
「忘れなくていい。もしハルが戻ってきたら、俺はいなくなるかもしれない。それでいいよ、だけど今の間は、好きでいさせてほしい」
何も知らない、無垢の眼差し。月明かりに照らされてその少しだけ膜を張った目がキラキラと光る。その目はただ一人、俺を見つめていた。
「夢なのか現実なのかわからない。ユウヤが俺の額に唇をつけた…」
「そんなことしてない…何も意味なんてない」
「それなら、意味のあるキスがしたい。きっとハルがユウヤを愛したように、俺も君を…」
涙で濡れた顔を上げられて、唇が重なる。俺は、何の抵抗もしなかった。
ごめん、遥人。俺はお前だけを見れない。お前の中にハルを重ねて、ハルを求めてキスをした。
ハル、俺はお前のことを忘れてやれない。遥人が記憶を徐々に取り戻したら、俺はハルと呼べるだろうか。きっと、遥人が遥人として生きる限りはそれはできない。けれど、俺は少しずつ遥人を好きになってしまうかもしれない。
それが嫌なら、早く戻ってこい。
「はる…うっ…ぁ…は、る…」
ここにいない俺が愛してしまった人の名前を呟きながら、ただただ泣きじゃくった。
「好きだよ、勇也…」
その胸に優しく俺を抱きながら、暖かい春のような眼差しで見つめていた。
fin
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リクエスト:勇也を庇って遥人が
記憶喪失になる より
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