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「「…………」」
看護士に連れられ、御崎さんがおずおずと病室に姿を現してからかれこれ5分は経過している。
「とりあえず座れば」
「!…あぁ」
互いに視線を合わすことなく最初に交わしたやり取りがこれだ。
でも決して話す事がないわけじゃない。
むしろ彼には言いたいことが山程あるんだろうけど、御崎さんはイスに座っても視線を下げたままオレを見ようとしない。
だからオレもすぐ窓の外に視線を移した。
そうして彼から好機を奪う。
重苦しい空気にさぞ生きた心地がしないだろう。
そう思うと何だか楽しい気分になり、オレは心の中で笑った。
"ざまーみろ"って。
だけど別に苦しめたいんじゃない。
それくらいの意地悪、今のオレにはきっと許させると思う。
「……あの時」
「!"あの時"…って?」
彼は突如うわ言のようにぽつりと呟くが、相変わらず視線は自分の足元に向けたままだ。
彼の意図は全く見えない。
「お前から誘ってきた日だよ」
「っ……ああ、あの日ね」
二人で過ごした最後の夜。
ほんの数時間だったけど、別れ際に不安定な面を見せていたオレは一瞬胸がドキッとした。
引き止めた理由を聞かれたって話せるはずが無い。
だったらどう誤魔化す…?
「…想い出話をするつもりならもう帰ってよ。今はそんな気分じゃ──!?」
話を変えようとするとオレの目の前が突然暗くなり数回瞬きを繰り返す。
一体何が起きたのか頭が追い付かず呆けていると彼の声が頭のすぐ上から降り注いできた。
「悪かった。お前、初めてワガママ言ったのにな…。不安だったんだろう?俺ができる事なんてたかが知れてるが、それでもお前の寂しさを紛らわすくらいできたのにな」
彼の匂いが鼻先をくすぐり、彼の鼓動が頬に伝わり、冷え切った彼の腕がオレの体温を奪う。
そこでやっと彼に抱きしめられてるんだと理解し、胸の中が暖かくなり優しさで包まれた。
(あぁ……なんだ。ちゃんと分かってくれてたんだ…)
例えこの人でも、持て余した不安と孤独を完全に拭い去れるとは思ってない。
でもただ、分かって欲しかった。
共感はできなくても理解して欲しかった。
だからオレはあの時鳴き声を上げたけど、この人にはちゃんと伝わってたんだ。
腕の中で彼の声を聞きそう感じると、さっきまで腹の奥底にあった妬みや恨みなんて綺麗さっぱり消え失せた。
「……もういい。もう十分だよ…」
「何が十分だ。これからはもっと頻繁に時間を作れる。だから早く退院しろ」
オレが好きになったのは誰かの大事な人。
気づいた時にはもう何度も彼にその人を裏切らせ、悲しませてきたんだろう。
それだけでも罪なのに、これ以上彼を縛り付けておく訳にはいかない。
「オレは十分幸せをもらった。これ以上は望んでないんだ。だから……帰ってあげてよ。大切な人がいるんだったらこんな事しちゃダメだよ」
「…!気付いてたのか…」
「うん…、前に指輪してるとこ見たゃった…。でもずっと離れられなくて…、離れたくなくて…っ、ごめんね?だからさ、もう……サヨナラしよう?」
これは悲しい別れじゃない。
オレが御崎さんにできる最初で最後、精一杯のプレゼントだ。
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