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今日は天気がいい。
数日続いた雨のおかげで、病院の庭に植えられた桜の木もだいぶ蕾が開いたらしい。
看護士の会話からそう情報を聞きつけ、その直後からオレはずっとうずうずしながら待っていた。
「……で?」
そして昼過ぎに現れた御崎さんにすぐ話すも、彼は無関心なのか予想していた反応とは違う淡白な視線をオレに寄こす。
「鈍いなぁ。だからオレ達も見に行こうよ、桜」
「却下」
「え!なんで!?」
「"なんで"って、お前な…。分かるだろ」
「明日からまた雨だし、満開に近い状態で見れるのは今日だけかもよ?だから行こう!」
「却下だ。しつこい」
頑なに首を縦に振ろうとはしない彼の言いたいことは分かってる。
それはオレの体調を心配してのものだ。
「ここ数日は熱も出てないし大丈夫だよ」
「大丈夫なわけねーだろ!そういう油断が後々響いてくるんだ、いい加減分かれ!」
「……そのくらい言われなくても分かってるつもり。でもこれが最後になるかもしれないから…」
「っ……!」
本当は花なんてどうでも良かった。
大切なのは、今この季節を御崎さんと過ごしたっていう記憶。
春には桜を見て、夏には蝉の声が聴きたい。
秋は夕焼け空を眺めて"綺麗だね"って言って、冬になればオレ達が出会った時の話をして笑う。
"人生、何が起こるか分からないね"とか言いながら。
それがオレの今の目標だ。
「二人で桜を見たらさ……。オレが居なくなった後でも桜を見る度に思い出すでしょ?"あんな奴もいたな~"って。だから…」
「──二度と言うな」
「えっ…?」
何かを押し込める真剣な声音に驚き目を遣れば、彼は考えを読み取らせない無表情でオレを見ていた。
「なんか…怒ってる?」
「怒ってねえ」
「じゃあ何?なんでそんな顔すんの…?」
それは怒っているようにも戸惑っているようにも悲しんでいるようにも見え、オレを困惑された。
「…俺はな、お前との思い出を作る為に来てんじゃねえ。"これから"をお前と生きていく為に毎日ここへ来てんだ」
「……。だったらあなたは来るべきじゃない。ポジティブに考えるのは良い事だけど、御崎さんの言い方だと単に目を逸らしてるような気がする。今のオレを受け入れられないなら……」
"もう来ないで"、とはどうしても言えず言葉が途切れる。
彼が来てくれるようになってオレの日常は変わった。
毎日が同じ事の繰り返しで何の面白味も無かった時間に箔が付いた。
テールズの皆の話だったり仕事の話だったり…。
御崎さんの身の周りで起こる何気ない出来事や過去の話。
互いの事には干渉しない関係性だったからか、オレは彼のことを何も知らなかったらしい。
そのどれもが興味をそそり、こんな状態ながらも毎日が楽しくて幸せすら感じてた。
それを今更手放せる自信なんてオレには無い。
「ミケ。病状の経過は医者から聞いて理解はしてるつもりだ。だが納得はしていない。生存確率が14%だからなんだ。むしろ14%もあるだろ?なのに"手術は受けない""外には出たい"。物分りの良い振りして逃げてるだけじゃねえか」
「…!あなたには……分からないよ 。手術を受けても苦しむだけ苦しんでそのまま死ぬかも知れないって考えたら…っ」
痛い所を突かれ、悔しさからシーツを固く握り締めれば手の甲が白く血の気を引かせる。
例えば努力して改善するならいくらでもやる。
でもこの病気はそういう類のものじゃない。
だからオレは受け入れたんだ。受け入れるしかなかったんだ。
そう頭の中で繰り返し言い聞かせていると温かい彼の手が不意にオレと重なった。
そうして気付いたことがある。
「……恐いよな。でもお前だけじゃない、俺も同じだ」
震えてる。
態度も声もいつもの彼だが、御崎さんの手だけが小刻みに震え怯えていた。
「どうなるかなんて実際にやってみなきゃ分かんねえだろ?そしてその結果が最悪なものだったらって……考えなかったわけじゃねえ。でも同時に希望もそこにあるんだ。だったら俺はその望みに掛けたい。まだ……お前を失うには早過ぎる」
「御崎…さん。オレのこと……好き?」
「今更だろ…」
「ちゃんと聴きたいんだ。言ってよ…。あなたなりの言葉でいいから」
「…………。まさかこの歳になってからこんな想いをするなんてな…。男だろうがゲイだろうが関係ない。お前が好きだ、ミケ。ちゃんと可愛がってやるからずっと俺の側にいろ。勝手にいなくなるんじゃねえぞ?」
同情心も少なくないだろうと頭の片隅でずっと思ってた。
オレの最期を看取れば彼なりのけじめが付くのだろうと…。
でも違った。
彼は本気でオレとの未来を求めてる。
この人にここまでさせてるんならオレも本気で応えないと……。
「……オレ、移植手術受ける。でももしダメだったら…ごめん」
「駄目とか言うなって言ってんだろ。絶対上手くいく。そしたら来年は花見に行こうな?」
「うん……、うん…っ」
"もしダメだったら"……でもそれは無駄じゃない。
生きようとした証として彼の中に残るだろう。
そしていつかその事実が彼の誇りになればいいな。
"ミケは俺と生きようとしたんだ"って。
ゆっくり重なり何度も食むだけのキスはどこかもどかしく、それでいてもっと深くで繋がれたような甘く刺激的なものだった。
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