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「…………」
「何してんだ。早く上がれ」
「う、うん…。お邪魔しまーす…」
初めて俺の部屋に来た勇太は靴を脱ぐのも躊躇し、俺が促すまで玄関で突っ立ったままだった。
それから俺に続いてやっとリビングまで来た後も、部屋の中を見渡したり窓の外を眺めたりして何ともぎこち無い雰囲気だった。
これじゃあまるで、ある日突然拾われた捨て猫も同然だ。
「居心地わりーか?」
「え?あ、そうじゃなくて…なんか、緊張する。初めて来た家だし…」
勇太はそう言って苦笑いをした。
だがその言葉が本心かどうかを見抜くには俺はまだ未熟だ。
俺達が距離を縮めた時、勇太は病院のベッドの上だった。
毎日が"明日死ぬかも知れない"という過酷な状況で、それがあまりにも長く続いたせいで俺達は相手の事を知るべき時期をすっ飛ばして今に至る。
良く言えば何もかもが真新しく新鮮。
悪く言えば、互いが互いの事を何も知らないままだ。
「とにかく座れ。コーヒーと紅茶、どっちがいい?あ、待てよ。刺激が少ない方がいいのか…」
「どっちでも大丈夫だと思う。アルコールとかはダメだと思うけど」
「そりゃ当然だな。でも平気だろ?元々、煽るだけの酒って飲み方する奴だからな」
「あ、それ酷くない?オレだって酒の楽しみ方くらい分かってるよ」
「そうか」
「…………」
病院以外の場所でこうして言葉を交わすのは何年ぶりだろう。
ただ祈るように日々を過ごし、自由に触れられるこの時をどれだけ心待ちにしていたか分からない。
それがどうだ。
いざその時を迎えれば、俺達はギクシャクし、互いの出方を伺いながら慎重に言葉を交わしている。
恐らくこいつも俺と同じように感じているんだろ。
だから不自然な様子になる。
「あの…さ」
「ん?」
俺が淹れたての紅茶をテーブルに運んだ時、勇太は足元に視線を置いておずおずと尋ねてきた。
「オレ…本当にここにいていいのかな…」
「!今更何言ってやがる。いいからここへ連れてきたんだ。それに、他に行く所なんかねえだろ」
「それはそうだけど…ごめん。出来るだけ早く出て行くから…」
「!?待て待て、なんでそうなるんだ?何が気に入らない?」
ここへ来てまだ15分も経っていない内から"出て行く"と言われ、俺は正直焦った。
こいつはまだ退院直後で、予断を許さい状況に変わりはない。
そんな奴にストレスなんて感じさせれば、あったと合う間に病院へ逆戻りだ。
それだけは何としても避けたい。
「お前の過ごしやすいように家具でも何でもを変えてやる」
「そうじゃなくて!だってここは……っ」
「"ここは"?」
「…………あなたの家、だから。その……、奥さんと…」
「!あぁ、そういう事か」
こいつが落ち着かない理由の一部がやっと分かり、俺はほっと胸をなでおろした。
正直安心しすぎて思わず"そんな事か"と言いそうになったがそれをぐっと堪え、罪悪感に押し潰されそうな顔で俺を見上げる勇太の頭を撫で、隣に腰を下ろす。
もしそんな事を言えば、こいつは間違いなく逆上して事態が拗れただろう。
「ここは俺の家であって、当時の"俺達"の家じゃねえ」
「え?」
「実際に生活してた家は別にある。ここは俺個人の家で、俺以外にここへ来た人間はお前が初めてだ。それに前にも話したと思うが、俺達の結婚は形だけのもので、遠くない内に終わらせるつもりだったものだ。お前が責任を感じる必要は微塵も無い」
「……そっか…。そうなんだ…」
「少しは落ち着いたか?」
「うん…、多分。」
「多分?だったら早く慣れろよ。今日からここがお前の家だ。俺とお前の、二人だけの家なんだからな」
俺がそう言うとこいつは恥ずかしそうに顔を赤くして拗ねたような素振りで黙ったまま頷いた。
これから新しい生活が始まる。
決して単純ではない、怒涛の日々になるだろうと俺は思う。
良い時も悪い時もあるだろう。
それでも、これまでの試練を乗り越えてきた俺達なら、これからも乗り越えられる。
少なくとも俺はそう思っていた。
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