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ずっと不安だった。
微熱が続いてた時。自分の病状を明かされた時。そして…………御崎さんがオレを好きだと言ってくれた時。
嬉しくて泣きそうな時程、不安で仕方ない時はない。
だって、幸せな時間はいつか終わる。
おとぎ話のように"二人は永遠に幸せに暮らしました。"なんて事、現実では有り得ない。
だからオレの不安はずっと続いてる。
それは退院して尚、今もずっとだ。
「勇太?まだ起きてたのか」
リビングの明かりが突然点き、ソファーに埋もれるように凭れ膝を抱えていたオレは予想外に早い彼の帰宅に驚いて心の準備をした。
これからするやり取りが想像できたからだ。
「お、かえり…。早かったね。何か食べる?」
「ここで何をしてる?」
「え……と。眠れなくて」
「だとしても布団に入ってろ。体を冷やすなって何度言えば分かるんだ」
最早お決まりのセリフにお決まりの小言。
もちろん気遣って言ってくれてるんだろうけど、オレには十分疎ましい遣り取りになっていた。
薬の時間があるオレは朝起きて夜早めに寝る。
仕事の主が夜の御崎さんは昼過ぎに起きて朝方寝る。
オレ達の生活リズムはまるですれ違い、ここひと月はろくに会話もしていないような日が続いていた。
「今すぐベッドに戻れ」
「……"ただいま"は?」
「あ?んなもんどうだっていいだろ」
「よくない。帰ってきたら"ただいま"って言うのが普通だろ?なのにアンタは帰ってきて早々、オレの言葉は無視して小言ばっかだし」
「小言って…、お前がそうを言わせてんだろ!?それが嫌なら言われねーようにするんだな。ガキじゃあるまいし」
「っ、悪かったな!どうせオレはガキだよ…!」
彼は分かってない。
オレがどうして眠れないのか。
なぜいつも怒られるのが分かっててベッドから離れるのか。
よく考えてみれば気付けると思う。
でも彼はそうしない。できないのかもしれない。
元々忙しい人な上にオレの看護という重荷が加わり、彼に考える余裕を与えない。
そんな状態の御崎さんに気付いて欲しいなんて……、分かってる。完全にオレのエゴだ。
「……"おかえり"」
「勇太…!」
リビングの入口に立つ御崎さんの肩をわざと掠める様にして嫌味の一つを言って部屋に戻った。
可愛くない。でも可愛くなんかいられない。
"一緒に住もう"と言われたのは危篤状態から回復したその日。
まるで夢みたいだった。
他人と暮らした事なんて高校での寮生活以外まるで無くて想像がつかなかったけど、御崎さんと毎日を過ごせるのが素直に嬉しかった。
会いたい時に会えて声が聞きたい時にすぐ話せる。
オレにはその程度の甘い考えしかなかったんだ。
(同じ家に住んでるのに前より寂しいなんて……)
近くにいるのに遠く感じる。
それは病院にいた時よりもずっとだ。
けど、そんな時どうすればいいのかなんて知らない。
寂しくなった時は適当な相手とセックスして気を紛らわしてたオレには難題だった。
健康体なら無理矢理にでも御崎さんを襲うのも手だけど、体力が低下し、髪が抜け落ち、移植後に発病した移植片対宿主病(GVHD)で剥がされた掌の皮膚がまだちゃんと形成されず、今でも両手に包帯が巻かれてる。
だから今までのオレのやり方は何一つ通用しなくなった。
「バカ……。御崎さんの……バカ」
頭から布団を被り、悪態つく。
こんな事が何回も続き、オレ達は上手くいかないんじゃないかと泣き言が頭に浮かんだ時、静かな部屋にノック音が響いた。
「勇太。起きてんだろ」
「…………」
「ハァ…。寝たふりなんてバレバレだっつーの」
「ちょ…っ、止めろよ!」
部屋に入ってきた御崎さんが布団を剥がそうとしたから、オレは寝たふりを撤回して逆に布団を引っ張り潜り込んだ。
理由は一つ。
「帽子脱いでんだから!」
「お前なぁ…。風呂のたびに見せてんだろ」
「あれは頭にタオル巻いてるからいいの!」
「そうかよ」
まだ掌の皮膚が薄く、体を洗うことすらままならないオレはいつも御崎さんに体を洗ってもらっている。
でもその時は頭にタオルを被ったりして何とか隠してた。
見せたことないわけじゃないけど、彼に見られるのはやっぱり抵抗があって、部屋の中だろうが何だろうがオレはいつも帽子を被っている。
見られて困るものじゃない。だけどオレにはまだ抵抗があった。
「もう分かったから!眠れなくてもベッドから下りないって約束するから出てけよ!」
「……こっち見ろ」
「やだ」
「勇太」
「っ!」
優しい声がオレを呼び、不意にベッドが沈む。
そして彼の腕は、布団に包まり丸くなったオレを背後から包み込むように抱きしめた。
「お前が心配なだけだ」
「……分かってる」
「だったらこっち向けよ」
「っ……やだ…」
「いいから顔を見せろ」
優しく強引に布団の中に潜り込んだ彼はオレの頬に触れ、そして甘やかすようにキスをした。
「ただいま」
「…………おかえり」
彼は分かっていない。
オレがどうして眠れないのか。
オレがどうして眠らないのか。
だけどもう、そんな事はどうだっていい。
今ここにあるものが全てで、それを怖がる必要なんかない。
御崎さんの腕の中に捕らえられるたびにオレは本気でそう思えた。
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