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起きるのはいつも昼過ぎ。
目覚ましに熱めのブラックを飲みながら支度をし、各店のミーティングや見回りなど、スケジュールを確認して頭に入れる。
そして一旦外に出ると、飯を食うのも忘れる程目紛しい忙しさに追われ時間も忘れて仕事をする。
気が付けばいつも夜更けだった。
それがどうだ。
勇太に出逢ってからというもの、その端々であいつの事が頭に浮かんでくる。
ミーティングの最中。
束の間の一服。
移動中の車の中。
あいつの事が極自然に頭を過ぎれば、まるで息をするのを忘れていたかのように胸の中がいっぱいに満たされる。
最後に勇太の見舞いに行ってから何日経ったのか。
不意にそう思うと頭が勝手に数え始めた。
4日?…いや、5日か。
そろそろ退院の日も決まる頃だろう。
(あいつが戻ってきたら話し合うんだよな…。親元に帰るんなら安心だが…)
願ってもない申し出だったが、なぜか手放しで喜べない。
その理由も意味するところも、俺は何も判らないまま早数日が過ぎていた。
「社長…?おーい、社長~」
「…!悪い、何の話だった?」
「来年の社員募集要項ですが……何かありました?」
「…なぜそう思う」
「あ、いえ…何となくです。なんだかここ最近、顔色が優れないと言いますか、元気もない様ですし…。ですから単純にそう思っただけですよ。特に何も無いならそれで…」
「…………」
「…………。やっぱり何かあったんですね?」
「…プライベートな事だ。悪かったな、以後気を付ける」
「まぁ、何でもいいですけど…それで解決するんですか?」
「あ?」
「1つの問題を放っておくと2つにも3つにもなるんですよ。ですから肝心なのは"気を付ける"ではなく"解決する"、の方が良いかと」
部下の中でも俺が最も信頼を置くこの男、笹山怜史(ささやま れいし)は、まだ20代半ばながら飲み込みが速く、堪も良いせいか僅か3年足らずで俺の右腕にまで登りつめた。
元は司法書士として働いていたが、お人好しという欠点に付け込まれ、借金まみれだったところを俺が拾った。
こいつは元々の性格なのか知らないが妙に生真面目な所があり、時折こうして思わぬ指摘を受けたりする。
「話すだけでも気が楽になって解決する事もありますけど、御崎さんの場合はいかがですか?」
「……いくら考えたって答えが出ねぇんだ。話したとこで何にも変わんねえよ」
「それは分かりませんよ?案外、他人の意見で思わぬ糸口が見つかるなんて事も。さぁ、話してみて下さい」
相談役にでもなったつもりか、笹山は開いていた資料のファイルをパタンと閉じ笑顔を向ける。
だがこいつが醸し出す独特の柔らかい雰囲気のせいで、すっかり参っていた俺はポツリポツリと口を滑らした。
本来なら仕事中に話すべき内容じゃないが、笹山なら答えのヒントくらい本当に見つけるんじゃないかと淡い期待すら抱く。
そして、しばらく黙って話を聞いていた笹山だったが、俺が要点を口にするとなぜか目を丸くした。
「それ……もう解決してますよね?」
「…?てめー、ちゃんと他人の話聞いてんのか!?」
「もちろん聞いてますって!要は"離したくない"って事でしょ」
「はあ??」
「だって恋人が実家に戻って療養するんなら、これ以上良い環境なんて無いですよね?なのに賛成出来ないって言うなら理由はただ1つ。離れたくないんですよ、社長は」
「いや、でもな…、あいつさえ居なけりゃ俺は元の生活を取り戻せるんだぞ?」
「あはは。何言ってるんですか。そんなの無理だって、本当はご自分でも判ってるんでしょう?」
「…………」
「元々他人に執着しない社長がそこまで肩入れするなら、きっとその人はかけ替えのない存在なんですよ。そういう特別な人は、例え離れたとしても相手を知らなかった頃にはもう戻れない。それが判ってるから思い悩んで決められないんじゃないですか?」
俺は何も言い返せなかった。
笹山の指摘は何一つ間違っていない上、自分でも不透明な部分すら見透かしている。
こいつは占い師か何かに転職した方がいいんじゃないかとさえ思いながら、俺は改めて未来の事を考えた。
「2人で暮らしながらあいつのフォローもするには…………、笹山。お前、もっと給料を上げて欲しくねえか?」
「え??そりゃあ、そうなれば助かりますけど……。何ですかその不吉な笑みは」
「明日から忙しくなるぞ。覚悟しとけ」
「はい!?って社長!どちらへ!?」
「あいつのとこ。やっと答えが出た」
「あ、"彼女"さんによろしくお伝え下さ~い」
「…………おう」
恋人としか伝えなかったせいですっかり女だと勘違いしたまま満面の笑みで見送る笹山を尻目に、俺は事務所を後にし病院へと向かった。
面会時間ギリギリではあったが、大丈夫だろう。
何とか間に合う。
俺はそう信じていた。
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